平野啓一郎 「本心」 連載第110回 第六章 嵐のあとさき

西日本新聞 文化面

 たとえ欺(だま)されていたとしても、誰かを好きだという気持ちのまま、死ぬことが出来たのなら本望だろうと羨(うらや)む意見もあった。

 他方、死んだ芸人の親しい友人は、彼は元々女好きで、そんな風に連絡を取っている相手が他に何人もいた。演技だったのかもしれないが、それでも、番組後も彼女と連絡を取り続け、結局は関係を持つつもりだったのだろうとコメントした。

 主人公はと言うと、この一件を機に、芸能人になる夢は諦め、その後は社会の片隅で、ひっそりと息を潜めるようにして暮らしたとされている。

 彼女は、死んだ彼のことをいつまでも忘れなかった。車載カメラの映像は、ネットでも「衝撃映像」として公開されていた。彼女は、彼の「死の一瞬前」を想像し、もし束(つか)の間、何か思念らしきものを抱く時間の猶予があったとして、彼は自分のことを考えただろうかと想像した。そして、それは彼にとって幸福だったのだろうか、と。

 もし彼が、本当に欺されていたのだったら、彼は誰か、別の人のことをこそ、人生の最後に思い出すべきだっただろう。しかし、欺すフリをしながら、自分がいつか本気で彼を愛していたとするなら? いや、こちらの思いの真偽によって、何か違いがあるのだろうか? 端(はた)から見れば、勿論(もちろん)、全く違う。しかし、本人にとっては?

 少なくとも彼女は、何かしら心情めいたものを抱いていたとするなら、欺していた、という世間の誹(そし)りを免れるのだろうか? 偽りを強いられながらも、二人はその実、真の愛を探り当てつつあったのだ、と?

 一体、欺されたまま死ぬというのは、それほど悪いことなのだろうか?

 それとも、一番欺されていたのは、やはり、自分なのだろうか?……

 

 小説は、そうした彼女の自問自答で終わっている。どうしてそうなのかはわからなかったが、明らかに孤独で、寂しい境遇にも拘(かかわ)らず、穏やかで、仄(ほの)かな明るさを感じさせる雰囲気だった。

 僕は、本を置くと、この小説を愛したという母の胸中を思いやった。僕の目に、これまで触れてこなかった母の心の何かに触れた感じがした。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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