人間の煩悩は百八つあるという…

西日本新聞 オピニオン面

 人間の煩悩は百八つあるという。「百八つも」か、「百八つしか」か。人によって受け止めは様々(さまざま)だろう。新年をまたいで寺の鐘を突くのは、それらを払い落とすため

▼けれど音の受け止めも様々で、中には「騒音」「耳障り」と感じる人もいるようだ。都市部では近年、周辺住民からの苦情を受けて深夜の鐘突きを取りやめる寺もあると聞く

▼実情が分からないので軽々には是非を言えまい。ただ、「年に一度のことなのに」と首をかしげる人は多いだろう。現代社会の不寛容さを嘆く声もあるかもしれない。半面、深夜の迷惑を意に介さずに騒ぐ不届き者が騒音を増幅しているのなら、堪忍の袋が破裂するのも理解できる

▼一方で、過疎地では別の理由で除夜の鐘が存続の危機にある。人口が減って突き手がいなくなっている。残る住民も高齢者が増え、夜の外出が難しくなっているためだ

▼打開策として除夜の鐘を昼間や夕方に行う寺も出始めている。深夜の音問題は解消。子どもや高齢者、女性たちも参加しやすいと相応の評判だとか。年年歳歳年の瀬は訪れるものの、年越しの風情は時代の状況を反映して同じからず

▼名優中村伸郎さんは俳人としても知られた。その句に「除夜の鐘おれのことなら放つといて」。芝居の道一筋に生きたこの方なれば、世事にも超然であろう。されど百八つも抱えた俗人に、鐘の音はやはりありがたく。明日は大みそか。

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