【ラグビーW杯から五輪へ】 徳増 浩司さん

西日本新聞 オピニオン面

◆地域力の価値つなごう

 2019年が終わろうとしている。5月に時代が令和となり、10月には消費税が10%に上がるなど、いろいろな意味で区切りの年だった。一方で、閉塞(へいそく)感や停滞感といった先が見えない不安感が常にあった年でもあった。

 私自身は、祈るような気持ちで19年を迎えた。ラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会の本番年だったからだ。年初段階ではまだ認知度が低く、不安要素もあったが、終わってみれば、W杯は今年最大の話題の一つになってくれた。

 成功にはいろいろな要因があろうが、国民は心のどこかで、結束感、感動や共感して熱くなる新しい体験を求めていたのではないだろうか。大会のあらゆる場面で私たちを高揚させる熱気のようなものがあった。そして一つの感動が次の感動へと連鎖した。

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 一つのエピソードを紹介したい。それは、大会中、熊本の会場から電話で届いた。

 沖縄でラグビーをやっている中1の少女が試合で入場時に国旗を持つ役に推薦されていたのだが、試合当日、母親と一緒に会場に着いた少女は、手続きミスでその役が別の子に決まっていたことを知らされる。

 呆然(ぼうぜん)とする母娘に対し、最初に対応した熊本県の担当者は、「何とかしなければ」と機転を利かせて会場内に同行した。キックオフ前のスタッフは極限状況に置かれていて、通常、ハプニングに対応する余裕はない。しかし事情を知った複数のスタッフたちは「沖縄から来たこの子のために」と機敏に動き、予定していた人の同意を得て、試合で最も活躍した選手にトロフィーを渡す役を少女に用意した。「あなたに魔法のプレゼントがあるよ」。ラグビーが大好きな少女にとっては最高の時間になった。

 帰りの道中、少女は母親に喜びに満ちた声でこう話したという。「私も人を喜ばせる人間、ミスをフォローできる人になりたい」。試合後、担当したスタッフからメッセージが届いた。「一歩間違えれば、W杯やラグビーがこの子にとって悲しい思い出しか残らないものになったかもしれない。それを最高の日に変えられたスタッフの一員であったことがうれしい」

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 岩手・釜石では、待ち望んだ試合が台風19号で中止になり、準備は実を結ばなかったが、スタジアムに大漁旗を持った市民が大勢集まった。この市民の熱意が、カナダ選手たちを復旧ボランティアに動かした。

 全国12の試合開催都市と60近くのキャンプ地では、多くの市民の手で、数えきれないほどのエピソードが生まれ、感動が広がった。それを導いたのは、地域に根付き、通常から情熱的な活動をしている人たちだった。地域を愛し、活動する人たちや、コミュニティーが輝いた。

 訪れた多くの外国人たちとの自然な交流を通して「地域」と「国際」が直接結びつくという得難い体験も与えてくれた。日本代表が体現したように「やればできる」という達成感が得られたはずだ。

 九州でもさまざまな国際交流が生まれた。そこで得られた小さな学びや気づき。これはまだ小さな芽の状態だ。芽は放っておけばそのままでしおれて終わってしまう。だからこそ、その芽を大切にして育てていくことが大切だ。

 大会がもたらしてくれた熱気や結束感、共通体験を、次世代に向けた地域の財産として、市民体験として、今後の地域活動へ継続させていこうではないか。

 さあ、来年はいよいよオリンピック・パラリンピックイヤーだ。ここには、またどんな新たな体験が待っているのだろうか。

 【略歴】1952年、和歌山県生まれ。国際基督教大(ICU)卒、新聞記者を経て英カーディフ教育大留学。帰国後、茗渓学園高ラグビー部を率い全国優勝。95年から日本ラグビーフットボール協会勤務。アジアラグビー会長を経て同名誉会長。

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