故中村哲さんと奈良時代の僧行基

西日本新聞

「土木」は本来利他的な行為 その中核には宗教的救済精神

 今月4日、ペシャワール会現地代表で医師の中村哲(てつ)が凶弾に倒れた。中村は、アフガニスタンで長年医療活動に従事し、近年は用水路を建設する事業に携わっていた。

 NHKは7日、2016年に放送された番組「武器ではなく 命の水を 医師・中村哲とアフガニスタン」を再放送した。今世紀以降のアフガニスタンは、未曽有の干ばつに直面する。大地は干上がり、作物が育たない状況が続いた。清潔な水が確保できないことは、感染症の蔓延(まんえん)に繋(つな)がり、多くの人の命に直結する。中村は医療の限界を感じ、用水路建設に着手した。

 番組の中で中村は言う。「診療所を100個つくるよりも、用水路を1本つくった方がどれだけみんなの健康に役立つのかわからないと医者としては思いつきますよね」。用水路を作ることは、医療行為そのものであると考えた中村は、白衣を脱いで自らショベルカーを操り、身を粉にして土木工事に従事した。その結果、茶褐色の大地に緑が戻り、難民化した人たちが故郷に帰還した。

 中村とともに石を運び、汗をかくアフガニスタン人の笑顔をカメラは捉える。その表情はテロや武装集団というイメージからほど遠い。映像そのものが、アフガニスタン報道の偏りの批判的告発になっている。

 現地の人たちは、伝統的に継承してきた技術を使い、巧みに石を切り出す。弱い地盤を見分け、あっという間に決壊した堤を補修する。中村との協同作業が、生きる活力となり、人々の救済につながる。

 中村が用水路建設とともに大切にしたのが、モスクとマドラサ(イスラーム神学校)の建設だった。信仰の拠点の整備は、精神を支える。

 モスクが完成されたとき、現地の人たちは「解放された」と言った。タリバン掃討作戦以降、米軍はモスクを攻撃対象としてきた。外国軍の進駐は、モスクの存在をネガティブに捉え、イスラームの信仰を否定的に扱った。ムスリムであることが悪であるかのように扱われてきた中、新たなモスクがつくられたことは、彼らにとって精神の解放そのものだった。

 中村の事業においては、土木と信仰が一体化している。中村自身はクリスチャンだが、イスラームへの敬意を強く持っていた。

 中村の姿を見ながら想起したのは、奈良時代の僧・行基だった。彼は、大乗仏教の精神に基づき、灌漑(かんがい)用池や堤を造るという土木作業に従事した。当時の律令(りつりょう)国家では、寺院を飛び出して宗教活動を行うことが禁じられたが、行基は人々の救済を優先し、社会の中で汗をかいた。それが彼の宗教そのものであり、求道のあり方だった。

 行基は、厳しい弾圧にあったが、民衆の支えが力となり、やがて国家権力が彼の力を必要とするに至る。聖武天皇は奈良の大仏を建立するにあたって、行基を実質上の責任者として招聘(しょうへい)した。

 土木は本来、利他的行為であり、その中核には宗教的救済の精神が存在した。戦後日本では、土木事業がさまざまな政治不正の温床となった。公共工事などをめぐって裏金が飛び交い、収賄事件が多発した。

 しかし、各地の土木業者は、地元で災害が起きると、時に採算を度外視して、復旧事業に携わった。彼らは自分たちが郷土を支えているという自負を持ち、利他的精神で工事を進めた。そんな公共事業も、新自由主義的改革のなかで大幅に縮小され、地方の土木業者は体力を失っている。災害復旧には時間がかかり、元の生活を回復することが難しい。

 今年は台風被害が深刻な問題を引き起こした。河川の決壊を検証すると、これまでの土木事業の脆弱(ぜいじゃく)性が浮かび上がる。

 私たちはいま一度、土木事業の原点を見つめ直す必要があるのではないか。土木を「利権」や「無駄」という枠組みから解放し、利他的救済としての側面を取り戻すべきではないだろうか。

 中村の歩みは、その重要性を想起させてくれる。これはアフガニスタンという遠い世界の問題ではない。私たちの「いのち」と直結する問題だ。

 土木のあり方を根本から考え直したい。

(中島岳志 なかじま・たけし=東京工業大教授)

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