なぜ、今、唐十郎か

演劇は自由でいられるか 毒のある言葉はみんなに考えてほしいから 

西日本新聞 吉田 昭一郎

 連載「なぜ、今、唐十郎か」㊦

 アングラ劇の旗手、唐十郎の代表作「少女仮面」を読み解きながら、現在も色あせることのない魅力に迫る連載「なぜ、今、唐十郎か」。日本演出者協会の流山児祥理事長に、現代という時代における演劇の役割と可能性についても語ってもらった。

 「唐さんの戯曲は、今になっては使用禁止語とされる言葉や表現も多い。差別語もある。そうしたものに距離を置くのではなく、そのまま包み隠さずに描き出している。なぜなら、みんなでそのこと、タブーを考えてほしいから。いろんな爆弾、爆発炎上するようなものがあった方がやり過ごさずに、他者と対話するきっかけになる。毒にも薬にもならない芝居、芸術はいらない」

 「少女仮面」は、「ヅカ・ガール」志望の少女、貝と、男役スターの春日野の対話を軸とする劇だ。「嵐が丘」(エミリー・ブロンテ原作)の主役ヒースクリッフを春日野、ヒロインのキャサリンを貝がそれぞれ演じてけいこしつつ、演技と現実、過去と現在の間を行き来する。

 主題は「スターの空虚さと人間の実在」とも言える高尚さだが、2人の掛け合いは、時にグロテスク、時にエロチック、時にナンセンス。おかしみも含んで、決してお高くとまらず、むしろ下品で低俗的だ。

 春日野は、慰問公演先の満州で入院し、大尉の「甘粕」と出会った思い出が宝物だ。甘粕の写真を抱いて一人語りが始まるが、なんと「人肉コンビーフ」をごちそうになったのが忘れられない。

 「頃は昭和十六年二月、あたしは十九、皆から才能をねたまれながら、満州で一人、ゾースイを食べていたの。(甘粕)大尉が私に言いました。きみ、それじゃ、栄養がつかない、このコンビーフを食べたまえ、(略)このコンビーフ、これは、きっと、キャサリンの肉ね(略)おいしいわ」

 なんと春日野は、コンビーフは「嵐が丘」でヒースクリッフが愛慕の果てに墓から掘り起こしたキャサリンの死肉なのだと決めつける。

 意味不明で呆然とする。ブラックユーモアか、何かの暗喩なのか。謎解きの間もなく、今度は、春日野は甘粕に毒づき始める。

 「あんた、今『河原乞食』って言ったわね。(略)内地に帰って隣組の回覧板でも廻してろだと?(略)バカヤロー」

 めまいがするような展開だが、春日野の混乱ぶりはとにかく見る側の心をざわつかせる。

 「分かりやすさが求められる時代だが、唐さんはとにかく発想が自由だから、時に、登場人物の言葉の意味がよく分からないことがある。しかし、だからこそ言葉が乱反射して、イメージがどんどん増幅されていく。そして、最底辺から生み出されるような言葉は一筋縄ではいかず毒がある。人間の業さえも考えさせられる。役者もスタッフも観客も想像の翼を広げて、その場で起こる混乱を楽しめばいい」

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