2019回顧 志と責任が問われる時代

西日本新聞 オピニオン面

 「メモの魔力」(前田裕二著)という新刊書が今年、大きな話題になった。出版元(幻冬舎)などによれば40万部を超えて、ビジネス書で年間ランキング1位だったという。

 私は何をしたいのか-。自分のあるべき姿や、そのヒントになる事象を紙に書き記す。それによって「人生のコンパス(軸)」を持つことができ、夢は実現するという内容だ。

■置かれた場所で最善を

 なぜ、多くの人が手にしたのだろう。新天皇が即位し、平成から令和に改元され、新しい時代を迎えたことと無縁ではなかろう。世の中は高揚感に包まれた一方、未来への不安感も漂っているように見える。

 退位された上皇さまが模索し続けたのは、あるべき象徴天皇像だった。その道は「果てしなく遠い」とも表現された。

 天皇陛下は10月の即位の礼で、自らも憲法にのっとり、国民統合の象徴としての務めを果たすと語られた。常に国民と苦楽をともにされた先代の思いを貫くという誓いであろう。

 上皇さまが示した象徴の役割は国民とりわけ弱者に寄り添うことであり、その実践が災害被災地訪問である。天皇、皇后両陛下も先日、台風19号の被災地を見舞われた。「令和」に込められた恒久平和の願いを基軸に、時代にあった新しい皇室像を模索されることを願いたい。

 師走に入って、福岡市出身の医師、中村哲さんがアフガニスタンで銃撃され亡くなった。座右の銘は「照一隅(いちぐうをてらす)」だった。自身が置かれた場所で、一つのことに最善を尽くすとの意味である。

 中村さんほど人生に「軸」を見つけ、意志を貫徹した人はそういない。戦火と干ばつに苦しむ大地で約35年間、医療や水利事業に取り組んだ。所属する非政府組織(NGO)「ペシャワール会」の12月会報に「この仕事が新たな世界に通ずることを祈り、来る年も力を尽くしたい」と寄せていた。

 志を貫徹する強い気持ちは、ラグビー・ワールドカップ日本代表も見せてくれた。タックルされながら味方に片手でボールをつなぐオフロードパスは芸術的だったが、敵にボールを奪われるリスクもある。それでも「ミスを恐れることこそミス」を合言葉に、初のベスト8という目標を共有し達成した。

 ノーベル化学賞に輝いた吉野彰さんも若手研究者の心構えとして「壁にぶつかっても耐える粘り強さと柔らかな発想」を挙げた。志の貫徹を感じさせる。

■長年の悪習放置の結果

 一方で、責任ある立場の人々の迷走が目立つ1年だった。

 最たるものは2020年度に始まる大学入学共通テストの混乱だろう。改革の2本柱とされた英語の民間検定試験と国語・数学への記述式問題の導入が土壇場で見送られた。6人の文部科学相の下で議論された大改革だったが、当初から指摘された矛盾を解決できず破綻した。

 関西電力の役員らが高浜原発の地元有力者から多額の金品を受け取っていた問題も、長年の悪習をトップが放置してきた結果だった。原発マネーの新たな闇をうかがわせ、詳細な事実関係の調査は越年してしまった。

 経営トップの迷走といえば、かんぽ生命保険の不正販売問題を巡る日本郵政グループも同様だが、こちらは多くの高齢者にも被害があり、一段と罪深い。

 罪深さでは「桜を見る会」に関する安倍晋三政権の対応も負けていない。為政者による「行政の私物化」問題だけでなく、情報公開や公文書管理といった民主主義の土台を空洞化させている面が恐ろしい。

 どの迷走にも共通するのは、責任の所在が不明確な制度が背景にある点だ。あすから令和も2年目。それぞれの思いを貫くことと、その責任のあり方が問われる時代が始まっている。

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