「やさしい日本語」元年 福間 慎一

西日本新聞 オピニオン面

 ほぼ四半世紀前に生まれた考え方だが、今年はかつてないほど注目された「元年」と言えるだろう。

 「やさしい日本語」である。

 1995年の阪神大震災の際、外国人の被災者が言葉の壁に苦しんだことを教訓に、日本語が苦手な人にも伝わりやすい言葉として提唱された。本紙は外国人との共生を探るキャンペーン「新 移民時代」の一環で昨年11月、新聞業界では初めて、やさしい日本語での記事をインターネットで始めた。

 実は、記者には「やさしく」なかった。例えば「七五三の準備ピーク」という記事は「七五三」から説明しないといけない。通常なら日本の常識が織り込み済みだからだ。その前提がない人の存在によって「分かったつもり」だったことに気付かされる。

 悩みに悩んで「やさしく」できないこともある。それでも日本語教師の監修を受けて約290本の記事を“翻訳”してきた。分かりやすいかどうか、留学生にも時折、尋ねながら取り組んでいる。

 やさしい日本語への注目を高めたのが、今秋の台風19号だった。テレビ局が短文投稿サイトのツイッターで「おおきくて とても つよいです」と外国人向けに注意を呼びかけたところ「英語でやれよ」「バカにしてるの?」という反応が噴出したのだ。

 バカになどしていない。逆に浮き彫りになったのは「外国人=英語」という私たちの思い込みだ。私自身もかつて、街角で「すみません」と日本語で道を尋ねてきた外国人に必死に英語で答えようとしたことがある。在留外国人で増加が著しいのは、非英語圏のアジアの人々だ。

 福岡市の調査では、滞在5年未満の外国人住民(18歳以上)は読む、話す、聞く、書くのいずれも英語より日本語の方が「できる」割合が高い傾向にある。やさしい日本語は、外国からの住民や同僚との距離を縮める道具にもなる。

 余談だが、やさしい日本語は私たちが海外で外国人になった時に身を助けてくれる。インターネットの機械翻訳で「4時5分前に集合して」と言うと、英訳は「4時5分に来て」となるが、「3時55分に来て」なら誤訳しない。

 「やさしい日本語」に触れるといつも、背景や考え方が異なる存在への想像力を試される感覚を味わう。「拒むのではなく、理解する」。聞き飽きたかもしれない当たり前のことが、本当に必要な時代が来ている。 (クロスメディア報道部)

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