平野啓一郎 「本心」 連載第113回 第七章 転機

西日本新聞 文化面

 前財務大臣は、財界人数名と、会食のために港区のレストランに到着したところで、爆薬を装着したドローンに狙われたらしかった。昨今、幾つかの国で実際に用いられた手口だったが、日本では初めてだった。誰を狙ったのかはまだ判然としないが、幸いにして、起爆装置は作動しなかったようである。飛来したドローンは、前大臣の頭にぶつかったが、怪我(けが)は三針を縫う程度の軽傷と報じられている。

 事件の概要を知った僕の胸中にあったのは、ありきたりな嫌な感じに過ぎなかったと思う。

 何か予感めいたものがあったかと言えば、なかったはずだった。しかし、後から振り返るなら、むしろ僕は、この事件のずっと以前から、不安を抱えていた気がする。

 僕は憤然として、『そんなことして何になる?』と胸の裡(うち)で呟(つぶや)いた。余計に悪くなるだけだというのは、目に見えていた。合法的な、別の方法があるはずなのに。

 そうすると、不意に三好の声が蘇(よみがえ)った。

「わたしは、辛(つら)いな、そんなこと言われると。これ以上、どうしたらいいのって思う。」

 僕は結局、返す言葉を見つけられなかった。

 

 刑事二人が、「話を聴きたい」と、自宅を訪ねてきたのは、翌日の朝早くだった。

 岸谷について知っていることを教えてほしいという理由だった。僕は、これから出勤するところだと言ったが、心臓が、逃げ出そうとするように胸の内で暴れているのを感じた。

「いずれにせよ、出来れば署で改めてお話しを聴かせてほしいんですけどね。」

「どうかしたんですか?」

「最近、岸谷さん、様子のおかしなところはありませんでした?」

「――特には。」

「どんなことでも、構いません。隠さないでね。」

「……。」

「台風の日--九月二十五日、岸谷さんと話しました?」

「……はい、メッセージのやりとりを。」

「何て言ってました?」

「今から仕事だって。」

「誰と?」

「それは聞きませんでした。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

PR

文化 アクセスランキング

PR

注目のテーマ