平野啓一郎 「本心」 連載第114回 第七章 転機

西日本新聞 文化面

 <あらすじ> 石川朔也は、生前の母の友人でVF(ヴァーチャル・フィギュア)の<母>の学習を手伝う三好彩花から、母が本当の父について話していないことを悩み、作家・藤原亮治とは親しい間柄だったようだと告げられた。<母>と前財務大臣襲撃の話をした翌日、同僚の岸谷について話を聴きたいと二人の刑事が訪ねて来た。

  第七章 転機

「本当に? 石川さんの会社、その日、休みになってますよね?」

「はい。」

「おかしいと思いませんでした?」

「尋ねましたけど、彼が言わなかったんです、依頼主を。」

「何の仕事だって言ってました?」

「何かの届け物だと。」

「中身は?」

「知らないです。」

「大事なことなんで。」

「何も聞いてません。」

「岸谷さんは、以前から、正規のルートじゃない依頼を引き受けたりしてました?」

「知らないです。――会社に出勤するわけでもないので、あまり話す機会がないんです。」

 刑事は、何かをメモする風に下を向き、また顔を上げると、隣で黙っているもう一人と目配せをした。そして、僕の表情を初めて見るような眼差(まなざ)しで観察した。一旦(いったん)、視線を外すのは、人の嘘(うそ)を見破る技術的なことなのだろうと感じた。

「十月一日は、どうされてました?」

「……火曜日、ですか? 仕事です。被災地との往復がずっと続いてます。」

「ああ、大変ですね。酷(ひど)いでしょう?」

「はい。」

「その日、岸谷さんから連絡は?」

「ないです。」

「その後は?」

「連絡取ってません。」

「なぜ?」

「なぜって、……仕事でヘトヘトだからですよ。別に用事もないですし。――岸谷さんに何があったんですか?」

「詳しいことは、署でお話ししますので、いつでしたら時間がありますか?」

 僕は、この時、どの程度のことを予感していただろうか? 任意出頭で事情聴取に応じる約束をした時、懸念していたのは、僕自身が何かを疑われているのでは、ということだった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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