平野啓一郎 「本心」 連載第115回 第七章 転機

西日本新聞 文化面

 警察署での事情聴取は、半日がかりで行われ、僕はそこで、岸谷が、件(くだん)の前財務大臣襲撃事件の容疑者として捜査されていることを知った。

 逮捕されたのは、その二日後のことである。

 岸谷の事件のあらましは、こうだった。

 しばらく以前から、彼は、ネットの匿名の依頼者からの仕事を、会社に内緒で引き受けていた。

 最初は、荷物を届けてほしいだとか、買い物に行ってきてほしいといった簡単な内容で、中には、有名なレストランに行って、食事をしてレポートしてほしいといったものもあった。依頼者は、実際、何人いるのか、そもそも日本にいるのかどうかもわからず、指示の声はすべて日本語の機械音声だったという。ただ、金払いは良かったらしい。

 台風の日も、同じ依頼者からだったが、その中身が事件に直接関係するものだったかどうかはわからない。どこまで指示通りに動くのか、最終的なテストだったのではないか、という、あまり信憑性(しんぴょうせい)のない憶測記事(おくそくきじ)も目にした。

 犯行当日、岸谷はまず、指定された空き家へと向かい、庭に置かれていた箱を引き取った。彼らのやりとりでは、よく都内の空き家が使用されていたらしい。

 それを自転車に積み、犯行現場近くの公園まで移動している。

 箱の中身は、爆薬を装着したドローンだった。十分に殺傷能力のある火薬の量だったらしい。指示通りに宙に放てば、あとは自動でターゲットの場所まで飛んで行き、顔を認識して突進する仕掛けだった。夜であり、あまり遠くからでは目標まで辿(たど)り着けない懸念から、岸谷が近くまで運んだらしい。

 問題は、岸谷がこの殺人の計画を知っていたかどうかだった。

 すべての情報が警察からのリークに基づいていて、また、「関係者」への取材もいい加減(かげん)なものが多く、信憑性には問題があると思う。

 逮捕後、岸谷の供述は揺らいでいると伝えられたが、「容疑は一部否認している」らしい。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

PR

文化 アクセスランキング

PR

注目のテーマ