聞き書き「一歩も退かんど」(55) 留守中に卑劣な手紙 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 鹿児島県警は踏み字事件を引き起こした3人を懲戒処分にせよ-。そんな6109人分の署名を県警本部に提出した日。私の留守を見計らったかのように、私に踏み字をさせたH警部補の手紙が届きました。ずるいというか、卑劣というか、そのやり口には今も怒りがこみ上げます。

 妻の順子によると、2007年2月20日午前11時半ごろ、その手紙はなぜか速達で、ビジネスホテル枇榔(びろう)のフロントに届きました。差出人が県の顧問弁護士だったため、順子は「勝訴した国家賠償訴訟の賠償金の明細書かな」と思い、封を開けたそうです。中にはまた、封をしていない封筒が。中身を取り出すと、H警部補の謝罪の手紙でした。

 連絡を受けた私は急いで帰宅すると、マスコミから電話が。その直前、県警本部が記者会見で「H警部補が川畑さんに謝罪の意思を伝えた」と公表したのです。念入りに「個人の意思で、組織としての謝罪ではない」と付け加えて…。

 新聞記者も自宅に来ました。「川畑さん、手紙を撮影していいですか」と言うので、「どうぞ」と答えました。神に誓って言いますが、私自身はその手紙を見ていません。こんな不誠実な手紙を読めますか。

 そういうことでこの目で確認していませんが、翌日の新聞によると「不快な思いをさせたことを反省しおわびします」とあったそうです。23日に志布志事件の判決が控える中、幕引きを図ったのでしょうか。

 それにしてもH警部補はこんな手紙を送るくらいなら、なぜもっと早く謝罪しなかったのでしょうか。裁判で発言の機会もあったのに。踏み字の刑事告訴が受理され、自分の身が危うくなったからですよね。改悛(かいしゅん)の情を見せて私に告訴を取り下げさせるか、地検に告訴を見送ってもらおうとの魂胆が見え見えです。

 順子によると、手紙が書かれた日付はちょうど1週間前の13日とのこと。私が鹿児島市の県警本部に行く時刻を県警はもちろん把握していました。そうした事実をよーく付き合わせると、「これは計略では」との考えが浮かびました。

 まず、手紙を私が不在の時に届くよう速達で出す。差出人を弁護士にして順子に封を開けさせる。中には封をしていない手紙が入っている。つまり、私が封を開けて謝罪の手紙を読んだという既成事実を作ろうとしたのではないでしょうか。ため息が出ます。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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