かつての「死の谷」で養蜂 中村哲さんの遺業がまた一つ形に

西日本新聞 社会面 中原 興平

 故中村哲医師が中心となってかんがい事業に取り組んだアフガニスタン東部で、もともと砂漠だった農場の一角に養蜂所が開設され、蜂蜜作りが進んでいる。将来的には日本への輸出も検討しており、収入増を通じた自立と、国内の支援者に成果を実感してもらうことを目指す。中村さんが銃撃された事件から4日で1カ月。長年情熱を傾けた用水路建設による恩恵がまた一つ、具体的に形となりつつある。

 中村さんが総院長を務めていた現地の非政府組織(NGO)「PMS」(平和医療団)は2003年から、福岡市のNGO「ペシャワール会」が日本全国から集めた浄財などを基に用水路を建設してきた。10年に完成し、「マルワリード」(真珠)と名付けられた用水路は、「死の谷」と呼ばれるガンベリ砂漠の一角を潤し、農場も整備。野菜や果物を栽培している。

 養蜂は昨年4月に始めた。6月にはユーカリの花から採れた300キロの蜂蜜を収穫し、現地の市場でも販売した。今春以降はかんきつ類などの蜂蜜も採れる見通しという。

 今後は生産量の拡大と、既に現地で設立している別会社の事業として日本への輸出を目指す。昨年9月にはPMSのスタッフが福岡県朝倉市の「藤井養蜂場」で研修を受けた。同社は現地で作られた蜂蜜の品質を検査し「おいしさの裏付けとなる風味が良く、日本でも好評を受けるのでは」と評価する。

 これまでにPMSが建設した用水路で潤う土地は福岡市の面積の約半分に当たる約1万6500ヘクタールに上る。「周辺農家の範となり、近い将来の自活の道となる農業が最も真剣な課題の一つ」と述べていた中村さん。蜂蜜の収穫について「皆色めき立ち、ガンベリ(砂漠)はハニー・ラッシュ」と喜んでいた。毎日ナンに塗って食べていたという。

 事件後、PMS総院長に就任した同会の村上優会長を筆頭に、両国のスタッフは連携して中村さんの意志を継ぐことを誓っている。同会の徳永哲也さん(72)=朝倉市=は「蜂蜜の輸出にはクリアすべき課題も残っているが、日本の人たちに水路の恵みを肌で感じてもらうためにも、ぜひ実現したい」と話している。 (中原興平)

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