旅をしないワイン20歳 山浦 修

西日本新聞 オピニオン面 山浦 修

 朝晩の冷え込みが厳しさを増すと、大分県は久住の山懐に抱かれた湯治場が無性に恋しくなる。

 由布院のように鉄道や高速道は通っておらず、施設も多くはないが、日本有数の炭酸泉が待っている。体に巻き付く気泡が特徴で、澄んだ外気とともに身も心も癒やしてくれる。配水管から川辺に落ちる湯を首に当てるスッポンを目撃したことがある。なかなか信じてもらえないが。

 そんな山間の秘湯に、名物がもう一つある。

 「炭酸泉で町おこしをしたい」。地域づくりと格闘していた町職員氏から熱い思いを聞いたのは30年以上前の昭和末。ドイツの炭酸泉保養地バートクロツィンゲン市を知るや、視察団を組んで乗り込み、ホットな交流を始めた。現地に専用のブドウ畑が設けられ、1999年秋、収穫されたブドウで醸造した特製ワインの輸入を果たした。

 バートクロツィンゲンは有名な「黒い森」近く。育まれるワインは多くが地消されるため「旅をしないワイン」の別名を持つ。そのワインが約1万キロを旅した。町では思案の末、「飲みたかったら来て」と温泉周辺の限定販売にした。「旅をしないワイン」が長旅でたどり着いた地で、再び「旅をしないワイン」になった。

 「知る人ぞ知る名物がある。町名のラベルが貼られたドイツワインだ。山間の小さな温泉場が、炭酸泉を絆に試みた国際交流から生まれた、付加価値に富んだ特産物」。当時、こんな記事を書いた。2004年には来日したシュレーダー独首相(当時)に、小泉純一郎首相(同)が振る舞い「グローカル交流」の成果として話題を呼んだ。

 その後が気になって、最近の様子を尋ねてみたら、中学生の相互ホームステイ、温泉施設同士の連携、人材の派遣などグローカル交流は多彩に根付いていた。一昨年、昨年と双方で交流30周年記念式典を開催し、絆となったワインも活躍した。

 各地で特産品づくりに挑む中、異国から持ち込んだ資源を「地域の宝」に創造する発想は新鮮だった。さらにロマンあふれる交流物語で、20年も味付けを重ねてきた温泉地の継続力には胸が熱くなる。

 ワイン名は「フロイントシャフト」。和訳すると「友情」。山間の湯治場は竹田市直入町の長湯温泉で、熱血職員氏は4市町が合併した05年の4年後に首長となり奮闘する。輸入や販売手法は変化してきたが、「NAOIRI」ラベルの温泉名物ワインは健在。健康保養地へと進化を図る炭酸泉との友情を深めているようだ。 (特別論説委員)

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