不易と流行―アフガンから 「復興」世界がだまされた 医師・ペシャワール会現地代表 中村哲氏

西日本新聞 一面

 世の関心は移ろいやすい。空爆に続き、二〇〇二年春、明るい「アフガン復興」の話題で日本中が沸いていた。だが今、予測はしていたものの、その後アフガニスタンがどうなったか、実情を知る日本人は意外に少ない。
 大旱魃(かんばつ)は収まらず、治安は私の滞在した過去二十年で最悪の状態になっている。一年前に二百万人と伝えられたパキスタンのアフガン難民のうち、昨年、百七十万人が帰還したと発表された(国連難民高等弁務官事務所)が、不思議にも、依然として百八十万人がパキスタンに居る。これは、故郷で飢餓に直面する難民がUターンしたためで、将来とも、旱魃対策なしに難民が減ることはない。米軍が去れば、一日で現政権が崩壊すると皆信じている。愚かな報復戦争と嵐のように駆け抜けた「復興ブーム」の結末に悲憤を覚える。世界中がだまされたのだ。
 PMS(ペシャワール会医療サービス)は、アフガン復興が「旱魃対策=自給自足」の農村の回復にあることを訴え続けてきた。これまでの医療活動・飲料水源確保を拡大する一方、灌漑(かんがい)用水の確保に力を尽くしている。
 東部の旱魃地帯で三年前に始まった飲料水源確保は、〇三年十月現在、作業地一千カ所を超え、カレーズ(地下水路)の復旧や灌漑井戸の建設で、二万人の生存を可能にしてきたが、これでも不十分と見て、新たに全長十六キロメートルの用水路建設に着手した。これを嚆矢(こうし)として、至る所に、井堰(いぜき)や溜池(ためいけ)を建設、自立した農村共同体の回復を目指している。
 この先頭に立つのが日本から志願してくる若者たちで、現在十余名がこれに携わっている。健全な者ならば、共に汗して働くことによって、見事に変わってゆく。現地は、都市カブールと異なり、報道の紙面から想像できるほどヤワな世界ではない。復讐(ふくしゆう)と家族間の争い、陰謀、外国人不信の中で、ひとつひとつ粘り強く、時には毅然(きぜん)と主張し、時には柔軟に妥協し、問題を解決する術を体得せねばならない。安易な解決法はない。来た直後、頼りなげに見えた青年たちは、もまれながら次第にたくましくなってゆく。彼らに共通する新鮮な驚きは、地元の人の絆(きずな)と人情の濃さ、相互扶助の精神である。そこに日本で失われた世界を発見して惹(ひ)かれてゆく者が多い。
 しかし、実はこれらの現地事情は、数十年前の日本でもごく当たり前の光景であったことも多い。これは、戦後の日本が消費社会一色となり、額に汗する労働が軽視され、地についた地道な農業生活が軽視されるようになったことと無縁でないように思われる。とはいえ、過去への郷愁だけが彼らを動かしているとも思えない。
 アフガン問題は、平和や戦争の問題だけではなく、全人類的な課題を秘めていると述べても誇張ではない。現地のことわざに「カネがなくとも食ってゆけるが、雪がなくては生きられない」という。アフガン人の九割以上が農民・遊牧民で、アフガニスタンの豊かさの源泉は、ヒンズークッシュ山脈の高山の雪である。夏の雪解け水で、二千万人の国民が農業の営みを続けることができた。だが今、この白雪が初夏までに鉄砲水として消え、旱魃被害を大きなものにしている。この現象が数年続けば、広大な地域が砂漠化し、数百万人が生存空間を失うのは必至である。これが世界的な都市化と工業化による地球温暖化現象によるものだとすれば、そら恐ろしい話である。
 この背後には、自然との関(かか)わりの本源的な倒錯、そしてその倒錯を欺く都合のよい論理が、私たちの意識の根底にあるからだ。例えば、経済成長と環境問題は同居できない矛と盾である。環境が論ぜられ、生態系への配慮が叫ばれる。そして、危機感が募るだけ、現実の危機が増すという奇妙な世界に私たちは生きている。そこで語られる「自然」とは、しばしば虚像であり、森羅万象さえ操作できるという科学技術への過信がある。かくて人権や自由と民主主義という「自明の大義」さえ、時代の共有する迷信の一部であると気づくのは困難でなくなった。私たちはとんでもない時代に生きているのだ。
 過去にも閉塞(へいそく)の時代はあった。その都度、人間は安易な処方箋(しよほうせん)を信じて自壊への道をたどったのである。永遠かつ絶対なるものは人の言葉や思想にはない。今より百年後、私たちが過去を壊したり、賛美したりしたのと同じように、現在が裁かれる時がくるだろう。しかし、時を超え、場所を超え、変わらぬものは変わらないだろう。美しいものは美しく、神聖なものは神聖であり続けるだろう。幸不幸も同様である。
 私たちの思想や思考もまた、錆(さ)びてしまった。だが、自省のない暴力や経済への信仰が力を持つのは恐ろしい。破局は既に始まっている。心ある若者たちの健全な感性を尊重したい。「後世畏るべし」「新しい酒は新しい皮袋に入れよ」―これは二千年前の賢人たちの言葉である。
   ◇   ◇
●医師・ペシャワール会現地代表 中村 哲(なかむらてつ)氏
 パキスタン、アフガニスタンで医療活動を続ける。西日本文化賞、マグサイサイ賞受賞。著書に「医者井戸を掘る」など

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