【難民・アフガン 命を守る】②放置 少女は8年待ち続けた

西日本新聞

 三つある女性病室の一つに、二人の患者が居残っている。イスラム教の正月にあたる断食明けの大祭イードが始まり、ほかの患者たちは一時帰郷したというのに。

 十二月半ばのペシャワール会医療サービス(PMS)病院。患者の一人は若い母親。わが子とベッドでじゃれ合っている。

 もう一人はベッドに伏し、紺地に白や緑の花柄が付いたチャドルで顔を隠すようにしている。

 十五歳のアフガン少女ブルブラ。十一月末に父に連れられてきた。アフガニスタン特有の皮膚病リーシュマニアに侵されている。鼻の右半分が崩れ、左ほおから口にかけて赤くはれ上がっている。家族のきずなが強いアフガンで、わが子を見知らぬ土地に一人残す親はいない。車で二時間の難民キャンプにいるブルブラの家族は、バス代を工面できないでいる。

 看護婦がイードのときに食べるミタイーを持ってきた。ようかんのような甘い菓子。病院からセーターと靴下もプレゼントされた。ブルブラははにかみながら、ありがとう、と言った。

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 リーシュマニアは、ハエが媒介する風土病。皮膚がカリフラワーのようにはれ上がり、やがて腐る。撲滅されたはずが、戦乱で拡大した。ブルブラの故郷カブールだけで感染者二十五万人。

 ブルブラは七つのとき鼻が痛みだした。父ソルグル(45)は病院に連れていったが、原因が分からない。別の病院では、虫刺され、といわれた。

 一九七九年のソ連軍侵攻。それからの戦乱で全土が破壊されたアフガンに、現代医療は存在しないに等しかった。新しい治療法は伝わってこず、医師たちは国外に逃れた。

 ブルブラが十歳のとき、首都カブールをタリバンが制圧した。一家はパキスタン・バラ地区の難民キャンプに逃げた。PMS病院を聞き当てるまでの五年近く、ブルブラは不衛生なキャンプで虫刺されの薬を塗り続けた。

 特効薬グルコンティンは、ブルブラが罹患(りかん)した八年前には既に出回っていた。当時、十数パキスタンルピー(二十数円)で買えた。

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 PMS病院のパキスタン人看護士ファズル(27)は、かつてハンセン病にかかり、差別される少年期を送った。一族がお金をかき集めて形成手術を受けさせてくれた。

 朝の回診時、鼻をハンカチで押さえたブルブラが目に留まる。彼女の「放置された八年」を思い、憤怒を抑えられない。

 PMS病院は、貧しい患者からお金を取らない。ブルブラは特効薬によって回復に向かっている。完治させたあと、形成手術を受ければ、傷はある程度まで消せる。

 この病院に形成外科はないので、大きな病院で手術を受けるしかない。一万ルピー(約二万円)かかる。仕事のないソルグルが集められる額ではない。順番待ちも多い。PMS病院が、よその病院での手術代まで肩代わりするわけにはいかない。ひん死の人々を救うことに手いっぱいでもある。

 人前に出るのが嫌で学校に行っていないブルブラは、いつか故郷に帰れたら、勉強をして学校の先生になりたいと思っている。そんな娘に父は最近、必ず手術を受けさせてやるから、と告げた。

 父に仕事は見つからないかもしれない。ベッドのブルブラは、そう考えてしまう自分を責め続ける。 (敬称略)

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