【難民・アフガン 命を守る】③奔走 国を担う子らのために

西日本新聞

 大みそかの朝。ペシャワール会医療サービス(PMS)病院の診察室をアフガン人ハイデル(46)が訪ねていた。長女シャバナ(7つ)を連れている。ペシャワルのナセルバーグ難民キャンプから来た。

 ハイデルは黒いポリ袋から、しわくちゃの大型封筒を取り出した。さらに封筒から古い二枚のエックス線写真を抜き出すと、医師サジド(32)に訴えた。「娘を助けてください」

 シャバナの心臓の内側には穴があいている。心室中隔欠損症。成長に伴って自然にふさがっていくものだが、シャバナにはその兆しがない。放っておくと血液が循環しなくなり、二十年後には死ぬ恐れがある。

 手術代は三十五万パキスタン・ルピー(約七十万円)。パキスタンで、一般労働者の月収の百倍にも相当する。手術以外に治療法はないのか、と迫るハイデル。シャバナの入院が決まった。

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 サジドは、ハイデルの境遇に自分を重ねていた。

 ハイデル一家はアフガニスタン東部ジャララバード近郊で農業をしていた。二十年前、ソ連軍侵攻後の戦乱で空爆を受け、家と畑を焼失した。ナセルバーグ難民キャンプに逃れた。シャバナはそこで生まれた。

 昨夏、帰還した。親類の家を転々としたが仕事は見つからない。十二月上旬、キャンプに戻った。シャバナの容体が思わしくない。貧しいアフガン人を助ける病院があると聞き、訪ねることにした。

 サジドもアフガン東部からパキスタンに逃れてきた。カブールで医師をしていた。タリバン政権下の四年前、ケニア、タンザニアの米大使館で起きた爆弾テロ。アフガン潜伏中のウサマ・ビンラィン氏を首謀者とみた米軍は、アフガンを空爆した。内戦も泥沼化し、サジドの給料は半年以上も支払われていなかった。

 その年のうちに、妻子とペシャワルの親類宅に身を寄せた。二年後にPMS病院に職を得るまで、親類の援助を受けた。

 アフガン人同士、苦しくても助け合うもの、とサジドは反すうする。

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 シャバナには三人の妹、弟がいて、母親は病室に付き添えない。ハイデルが泊まり込むことになり、シャバナは男性病棟にベッドを与えられた。よく笑い、よく動き回る。胸からゼーゼーという音が聞こえるが。ハイデルは日雇いの土木作業を続けていた。八時間で八十ルピー(約百六十円)稼ぐ。

 シャバナは難民キャンプの小学校が好きだった。病院内で紙切れを見つけては、パシュトゥー語の書き方を練習した。

 PMS病院に心臓病の専門医はいない。サジドも門外漢だ。それでもシャバナをよく観察し、食事療法などを調べた。

 「残念だが、この病院で今してやれることはこれしかない」。入院六日目の一月五日夕刻、サジドはハイデルにそう告げ、パキスタン国内の心臓病の専門医たちにあてた紹介状を手渡した。一家の身の上に詳しく触れ、シャバナを何とか救ってほしい、と書いていた。

 父娘は、その日のうちに難民キャンプに帰った。

 サジドは今、ある伝(つて)を探している。欧州の医療団体が心臓病患者を無料で手術してくれると聞いたのだ。シャバナを紹介できないものか。サジドの表情が輝きだした。(敬称略)

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