【アフガン最新報告・中村哲医師】②故国に帰されても故郷には帰れない

西日本新聞

 アフガニスタンの首都カブールではいま、ブルカ(全身を覆うベール状の民族衣装)をかぶった女性や子どもたちが物ごいする姿が目立つ。

 主にパキスタン側から半ば強制的に行われた難民帰還プログラムによって、六月十五日までにアフガンに戻った難民は百万人に達した。しかし彼らのほとんどは、一昨年のいまごろすでに始まっていた大干ばつから逃れた出稼ぎ難民だった。

 「帰されたに等しい」彼らは、帰国したものの、荒廃したままの農村には帰郷できず、地縁・血縁を頼ってカブールのコロニー(県人会のような共同体)やスラムにたむろし、あふれざるをえない。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も「早すぎた難民帰還」を認めている。

 この急激な人口増加に加え、国際機関や各国の非政府組織(NGO)が殺到した復興援助ラッシュによって物価が急騰。タリバン時代よりも治安は乱れ、貧しい人々の生活はさらに悪化している。タリバンが去って得られた自由は「麻薬の自由」「売春の自由」「こじきの自由」といわれる。

 現地では、国連開発計画(UNDP)によって、内戦や米英軍の空爆で破壊された建物のがれきの後片づけ、道路補修などが行われている。これには日本の政府開発援助(ODA)が役立っている。一時しのぎの応急処置であるものの、国内避難民を雇用し、食べさせている。難民帰還プログラムは一人につき十ドルを支給して帰還を促しているが、七人家族で七十ドル、一万円に満たず、一カ月で底をつく。

 アフガンでは九割以上の人が農民である。農村部の干ばつは、まったく改善されていない。農村と農民が壊滅すれば、アフガンそのものが壊滅してしまう。

 米中枢同時テロとアフガン空爆のずっと前に警告されていた未曽有のアフガン大干ばつが世界の関心を集めなかったように、九割以上の貧しい民の声は世界に届かない。

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