平野啓一郎 「本心」 連載第120回 第七章 転機

西日本新聞 文化面

 心配しているということと、こちらも色々あったので話がしたいということとを伝えると、今度はすぐに返事が来た。

「お久しぶり。ごめんね、ずっと返信してなくて。ありがとうだけど、今はちょっと無理かな。」

「お忙しいですか?」

 と尋ねると、ややあって、

「電話してもいい、今?」

 と返ってきた。

 僕はすぐに電話をした。

「ああ、……ちょっと待ってね。」

 三好は、そう言いながら、どこかに移動している様子だった。雑然とした周囲の話し声が聞こえた。

「お待たせ。元気?」

「ええ、何とか。色々ありましたけど。……」

「そうなの? 一緒ね。わたし今、避難所にいるのよ。」

「え、……被災したんですか?」

「そう。家がなくなっちゃって。住んでたアパート、すごく古かったから、屋根が飛んじゃって、今、立入禁止になってるの。」

「そうなんですか? 怪我(けが)はありませんでした?」

「わたしは大丈夫だったけど、服とか、持ち物が大分ダメになって。」

 三好の口調からは、さすがに疲労が感じられた。

 僕は、自分でも意外なほど躊躇(ちゅうちょ)なく、

「うちに来ませんか? 母の部屋、空いてますから。」

 と言った。

「え? あー、……ううん、そういう意味で言ったんじゃないから。大丈夫。」

「どうするんですか、だけど、これから?」

「うん、……考え中。」

「別にずっとじゃなくても、しばらくゆっくりしたらどうですか? 僕も日中は仕事なので、自由にしてもらって良いですし。」

 遠慮以上に、三好が警戒するのは当然だったので、僕は自分の思うところを正直に伝えた。

「もし頼ってもらえるなら、僕は自分が、人の役に立てることを実感できるんです。誰からも、何も求められないのは、救われないのと同じくらい、孤独です。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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