記憶に残る首相の言葉 岩本 誠也

西日本新聞 オピニオン面 岩本 誠也

 東京五輪開催が決まった2013年9月の国際オリンピック委員会総会で、記憶に残った言葉が二つある。

 一つは滝川クリステルさんが日本の文化として紹介した「おもてなし」。もう一つは東京電力福島第1原発の事故処理について「状況はコントロールされている」と見えを切った安倍晋三首相の言葉だ。

 当時、放射能汚染水の海への垂れ流しが問題視され、不安が高まっていた。それを取り除くためだろう。首相は、東京にはいかなる悪影響も及ぼしたことはなく、これからも及ぼさない、と続けた。原発事故があったフクシマと東京は別と言わんばかりだ。

 あれから6年余り。現状はどうか。昨年12月に日本記者クラブ取材団に加わり、福島第1原発の構内に入った。

 水素爆発で建屋が壊れた1号機の向かいの高台や、事故直後に自衛隊のヘリコプターが上空から放水した4号機のそばまで普段着で近寄ることができた。少し前まで、ゴーグルやマスク、防護服で全身を覆わなければ近づけなかった場所だ。事故処理は着実に進んでいるようにみえる。

 だが、倒壊の恐れがある高さ120メートルの排気筒の解体が予定通りに進まないなど、実際は手探り状態。機械の遠隔操作がうまくいかず、最後は作業員が排気筒に上って切断するという荒技。目に見えない放射線との闘いが続く。

 構内に立ち並ぶ水色や灰色の円柱形のタンク約千基も困難の象徴だ。

 中身は、放射能汚染水を浄化処理した水。今の装置では取り除けない放射性物質トリチウムを大量に含むため、処分方法が決まらず、タンクにためておくしかない。

 原子炉建屋周辺への地下水や雨水の流入を減らし、汚染水の発生量を1日150トン程度に減らすのが年内の目標。それでも容量千トンのタンクが1週間で満杯になる。タンクの増設を続けても22年夏ごろには敷地内での保管が限界を迎えるという。

 1~3号機では、高熱で溶け落ちた溶融核燃料(デブリ)を原子炉から取り出す最難関の作業が待っている。中の様子も分からず、具体策はこれから。30~40年後の廃炉までの道は遠い。

 原発の周りでは、福島県内の除染で発生した大量の汚染土や廃棄物を中間貯蔵する施設が建設中。周囲には立ち入り規制で放置された住宅や店が並び、ゴーストタウンが続く。この状況もコントロールされた結果なのか。

 9年前の事故処理に追われるフクシマは、五輪ムードに沸く東京とは別世界だ。 (論説委員)

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