病と生きる、二つの青春【聴診記】

西日本新聞 医療面 井上 真由美

 病と共に生きる2人の若者を紹介したい。

 1人は、看護師を目指す大学生安坂(やすさか)優汰さん(19)=福岡市。2017年、臓器移植に関する取材で出会った。当時は高校2年生だった。

 中学1年で原発性硬化性胆管炎が分かった。根治治療は難しく、進行すれば命にかかわる。中3の秋、急変して入院、肝臓移植を待つ身となった。しばらくして、臓器移植法に基づく臓器提供を受けた。

 「命をつないでもらった自分だから、次の命、その次の命につないでいきたい」。取材当時から、看護師となって移植コーディネーターになる夢を語っていた。

 昨秋、手紙をもらった。移植医療の第一人者、藤堂省教授がいる聖マリア学院大(福岡県久留米市)に進み、看護学を学んでいるという。臓器移植についての市民公開講座で自らの体験を語ると知らせてくれた。

 11月下旬、同市であった「命の大切さを考える」と題した講座。登壇した安坂さんは心臓外科医や宗教家に質問をぶつけた。以前の取材では名前も写真も掲載しなかったが、今回は初めて実名でレシピエント(移植を受けた患者)であることを明かした。「誰かの死を待つ(移植待機)患者をどうサポートしますか」などと問題提起。彼にしかできない、ずしりと響く質問だった。

 今も免疫抑制剤を服用し、定期通院する。一方で塾のアルバイトをこなし、大学の系列病院で移植に携わる医療者と接する。ドナー(臓器提供者)とその家族、臓器提供を提案する医療者の葛藤など、多面的に臓器移植を見つめている。その上で「自分だからできることがある。絶対に夢を実現する」。そう語る顔はすがすがしい。

 もう1人は大学3年生、山本芙優(ふゆ)さん(20)=福岡県宗像市。昨夏まで医療面で「小児がん 母と娘の闘病日記」を執筆してくれた。9歳で急性リンパ性白血病を発症、1年弱の入院生活を送った。今も筋力が弱く、再発、放射線や薬などの治療の影響による異変への不安は消えない。

 昨年12月、福岡市での講演を聞いた。電車通学の高校時代、重いかばんが持てず、キャリーバッグを引いて通った。教室までの階段に困っていたら、ある男子生徒が毎回運んでくれるようになった。病や障害がある人と過ごすとはどういうことかを同世代に知ってほしくて、学校には「私を実験台にして」と伝えていたそうだ。

 現在、北九州市立大で生命工学を学び、自分と同じようながんの子どもを救いたいとの夢に向かっている。同級生に病気について聞かれれば隠さず語り、大学に必要な配慮は求める。体調不良の日もあるというが、未来を切り開いていく姿はまぶしい。

 2人ともつらい闘病生活だったに違いないが、「病気になって良かった。病気になったから今の自分がある」と言い切る。死を身近に感じ、より真剣に生きるようになったとも。強がりではなく、心の底から発せられる言葉に病との向き合い方を教えられる。

 病とどう闘い、それをどう支えるか。時代に合った医療のあり方、命との向き合い方を深め、病と共にある2人が夢を実現できる社会をつくっていく責任をかみしめている。 (編集委員・井上真由美)

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