儀礼は自分を見つめる機会【坊さんのナムい話・4】

西日本新聞 くらし面

 洗濯物を畳みながら、小さい頃、新年を迎えるときは新しい下着を用意していたことを思い出しました。お正月の風習は神道由来のものが多いのであまり気にしていませんでしたが、人の営みとしてはとても意味のあることではないでしょうか。

 人は自分の状況が変化するときに儀礼を行うのだそうです。絶えず流れ続け、つかみどころのない時間に区切りを付けるため、決められたことをします。

 例えば、仏教のお正月の行事に「修正会(しゅしょうえ)」という法要があります。宗派によって国家の安寧を願ったり、心新たに仏様に感謝したりと意味合いはさまざまです。ただ、新年を迎えるに当たり「あらためて」という考えはどの宗派にも共通しているようです。ちょうど時計の針のずれを直すように、自分の身を振り返り「修正」する。「修正会」とはよく言ったものです。どれほどのずれがあるかを知るため、毎年同じ服を着て、同じ行動をし、同じ物を食べ、同じ挨拶をする。そうして自らの変化を感じるのです。

 年忌の法事も似たような役割があります。人は、時に立ち止まって今の自分を確認する作業が必要なのだと思います。

 さて、人間の四大儀礼は誕生・成人・結婚・死です。その一つ、成人式が今年も各地で行われます。私の住む北九州市の成人式は、ど派手なことで全国的に有名です。そのバイタリティーに中年おやじの私は圧倒されるのですが、どうかこの特別な日を、自分を見つめる機会にしてほしいです。儀礼は区切りであって、終わりとは違います。次につなげるための一日ですから、10代の終わりに無茶をする口実にはしてほしくないなと思います。

 ところで、洗濯物を畳みながらなぜこんなことを考えたのかと言いますと、自分の下着のゴムがびよんびよんになっていたからです。最後に買ったのはいつだっただろう…。「外見ばかりではなく、時には外から見えない内側にも気を配れよ」。「新年新下着」の風習を残してきた昔の人々に、教えられた気がします。

 (永明寺住職・松崎智海 北九州市)

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