母と子3人、所持金200円…一家のその後 消えた命の食堂

西日本新聞 一面社会面 御厨 尚陽

【連載】子どもに明日を 貧困その後(1)

 4年前、所持金がわずか200円だったシングルマザーの梓=当時(42)=と出会った子ども食堂は、空き家になっていた。

 「もっと続けたかったんだけどね」。無人になった食堂跡を見つめ、運営者の哲雄(72)は寂しそうに話した。2014年11月に長崎県内のうどん店を改装してオープン。おなかをすかせた子どもたちに無料で食事を提供し、勉強を教えた。これまで指導した子どもは約50人。長崎大に進学した子もいる。

 開設当初は順調だった。新聞やテレビで取り上げられ、一時は年間120万円程度の寄付金がきた。米や野菜などの食材が全国から届き、食事の提供にも困らなかった。だが報道が落ち着くと、支援は徐々に減っていった。自身の給料や貯金を取り崩して月10万円の運営費を捻出してきたが、70歳を過ぎて「気力が一気に衰えた」。おととしの10月に食堂を閉じた。

 哲雄自身も母子家庭で育った。生活は厳しく、大学の研究室で働きながら夜間の定時制高校に通い、28歳で上智大に入学。在学中から都内で学習塾を経営した。45歳で妻の古里の長崎に移住してからは専門学校の講師などを経て、10年前から不登校や引きこもりの若者を支援する自立援助ホームを運営する。

 「勉強は人生の土台。楽しさを知ってほしい」。無料塾兼子ども食堂を立ち上げたのは、そんな思いからだ。

 子ども食堂を運営した4年間で、生活に困窮する母子家庭の現状を目の当たりにしてきた。特に厳しかったのが、15年11月に小学生の子ども3人と駆け込んできた梓だった。

 哲雄は半年間にわたって弁当やパンを梓の自宅に届け、生活費に10万円を貸したこともある。ところが、ある日突然連絡がとれなくなった。最後に見かけたのは2年前。車中から疲れた表情で歩く姿を目撃したが、声をかけられなかった。「気にはなっているけど、私自身に支えるだけの余裕がなくて…」 寄る辺をなくした親子は今、どうしているのだろうか。

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