大混戦の直木賞、記者のイチ推しは? 候補作を読み比べ

西日本新聞

 第162回芥川、直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が15日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれる。芥川賞は古川真人さん(31)=福岡市出身=の「背高泡立草(せいたかあわだちそう)」など5作、直木賞は湊かなえさん(46)の「落日」など5作が候補入り。計10人中7人が初候補というフレッシュな顔ぶれが中心となった両賞選考会を、西日本新聞の記者が展望した。(記者:内門博、北里晋、坂本沙智、佐々木直樹、諏訪部真、野中彰久、平原奈央子、藤原賢吾)

 ―さて直木賞。4人が初候補の中で、唯一4度目の挑戦となる湊かなえさん(46)から。

 坂本: SNSの発達で、当事者の言葉がないまま事象が語られ、その言説が鵜呑(うの)みにされたまま拡散してしまう社会に警鐘を鳴らした作品。じわじわと明らかになっていくストーリーには安定感があった。
 北里: 虐待という社会的問題を素材にしながら娯楽小説としての広がりもある。伏線も周到。
 藤原: 語り手の登場人物の心を動かす事実がラストに判明していく。が、よく考えると、えっ、それ最初から気づかなかったの? どんだけぼんやりさんなん、と不思議に思える箇所もあった。
 佐々木: 読者をミスリードする仕掛けや、真相を最後で明かす構成は王道だが、「謎」の答えが早い段階で察しがつき、なかなか答えにたどり着かない登場人物たちを鈍く感じた。
 内門: カズオ・イシグロなどが駆使する現代小説の「信用できない語り手」のように書き手の意図とも思えないが、湊さんの登場人物はどこか「天然」「とんま」で、読者をミスリードするところがある。

 ―意外にも初候補の中堅誉田哲也さん(50)は?

 野中: AIをも駆使する現代の捜査手法をこれほどリアルに描いた作品はない。警察小説を柱に幅広いジャンルを手がける著者の力量が発揮されている。
 坂本: 電子機器に疎い人間には、恐怖でしかなかった。警察担当の時、良い刑事や記者は「靴底をすり減らし、足でネタを稼ぐもんだ」と聞かされたが、もはや過去の話に思えた。
 藤原: 3章仕立ての長編は、1、2章の事件で振られた謎が3章で一気に加速しながら渦をなし潜っていく。一線を越えた捜査に葛藤する警察官の心理など読みどころも随所にあり、現代社会の闇に切り込んだテーマ性も相まって支持を集めるのではないか。
 平原: 犯罪手法と捜査手法は今の時代を捉えていて、サイバー空間にのまれる個人や社会への警鐘は鋭い。一方で、警官たちの男臭さが古風で女性読者には耐えがたい部分もある。

 ―大藪賞作家である呉勝浩さん(38)は?

 坂本: 犯行動機や犠牲者の人柄を問うことはあるが、事件に遭遇した人がどんな思いで、その後を生きているのかに視点を置くミステリーは新鮮だった。時系列でどんどん話が進み、映像的な文章だった。
 内門: 昨年話題になった日本テレビの連続ドラマ「あなたの番です」の制作チームにドラマ化してもらいたいような映像向きの群像心理劇だった。
 北里: 独特の息苦しさがつきまとい、あえて読者にスッキリ感を与えない新タイプのミステリーと感じた。ただ、話の組み立てには首をひねる点もあり、白鳥と黒鳥の寓意(ぐうい)もわざとらしい。
 平原: 物語が2人の女子高生の確執に集約されてゆくのは事件の重大性に比してどうかとも思うが、被害者の罪意識や非常時の人間性に焦点を置いた作品として考えさせられた。

 ―歴史小説からの候補、川越宗一さん(41)は?

 野中: 国民国家形成期、少数民族の人々が「国民」に編入された際に何が起きたのか。多くの少数民族が生活し、日本とロシアが領土争いを繰り広げる樺太を主舞台とし、ロシアに併合されていたポーランドを対比させたことで、それが鮮やかに浮かび上がった。
 諏訪部: 扱う時間幅が長大な割には、アイヌに魅せられる金田一京助の登場などがアクセントにもなって読み応えがあった。
 平原: 数年前に白瀬南極探検隊のドキュメンタリー映像がデジタル化され、隊員の個性的キャラクターが紹介されていた。川越さんもこれを参考にしたのだろうか。惜しむらくは、ロシア軍から金田一のアイヌ語研究、白瀬南極探検隊まで、要素が多すぎて物語が散漫な印象が否めない。
 北里: 世界観は人気漫画「ゴールデンカムイ」とダブり感がある。知られざる史実を踏まえ壮大な物語を浮かび上がらせる手法は、沖縄の戦後史を描いた前々回受賞作の真藤順丈「宝島」とも印象が重なり、損をしそう。

 ―SF作家小川哲さん(33)は短編集で初候補。

 佐々木: 登場人物たちが歴史をたどることで、各個人の内面にある人生の別の側面を知る、という構造にひかれた。人は歴史と人生という二つの時間軸の中を生きている。個人の外側に存在する大きな歴史に目を向けさせておいて、各個人の人生に視線を転じさせる。その切り替えが光った。
 野中: 各短編間の「振れ幅」の大きさに驚かされる。どれも完成度が高く、芥川賞候補になっておかしくないと思えるほど。
 藤原: 完璧な設計図の基に寸分の狂いなく構築されたガラス細工のような虚構の伽藍(がらん)。6編いずれも個性豊かで面白い。複雑なのに破綻がなく、壮大な噓(うそ)も説得力がある。
 諏訪部: SF色が濃いが、設定がしっかりしていてとっぴな感じがない。
 北里: ただ連作ではない短編集でSF。過去の傾向から見ると厳しいか。

 ―ずばり受賞は?

 野中: 湊さんと誉田さんの2人受賞。
 内門、平原: 正直大混戦で甲乙つけがたい。
 坂本: 面白かったのは呉さん。でも直木賞っぽいのは川越さん?
 北里: 湊さん以外は初候補で湊さんシフトとしか思えない。複数受賞だと川越さんもあるか。
 藤原: 小川さんの才能が突出している。直木賞は軽々と超えて、もっとすごい小説を書いてほしい。
 佐々木: 川越作品を推す。今回は「あらがう」ことを後押しする作品が多く、強者や多数派の論理、無差別的な暴力に抗することの困難性がクローズアップされている現代社会への警句ではないかと感じた。

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