平野啓一郎 「本心」 連載第128回 第七章 転機

西日本新聞 文化面

 僕たちは、最後に区切りをつけると、交代で洗面所に歯を磨きにいった。そして、隣り合うそれぞれの部屋に下がって就寝した。 

      * 

 僕は、三好に母が使っていた鍵を渡し、自由に出入りしてもらった。

 翌朝は、それぞれ別の時間に出勤したが、避難所生活から解放された安堵(あんど)もあるのか、彼女は帰宅後、体調を崩し、夜中に嘔吐(おうと)と下痢を繰り返した。

 僕は、大した看病も出来なかったが、すぐに吐きに行けるように、廊下で横になった彼女にタオルケットや枕、水などを持ってきてやった。

 三好は、蒼白(そうはく)の苦しげな顔で、「ノロウイルスとかだったら、朔也(さくや)君にも移るかも。ごめんね。」と謝った。僕は一応、マスクと手袋をしてトイレを掃除した。あのまま避難所に居続けたなら、今頃どうなっていたのだろうと考えた。そして、前日に彼女を自宅に呼んだのは正解だったのだと思った。

 翌朝は、午前の仕事を一つキャンセルして病院に付き添い、粥(かゆ)程度の食事を準備して、彼女を残して出勤した。

「ゆっくり休んでください。夕方、戻ってきますので。」

 ノロウイルスではなかったが、急性の腸炎という診断で、やはり、洗面所などを介してウイルスに感染する危険があると注意された。僕は、会社から急な仕事のキャンセルについて厳しい警告を受けており、午後の勤務中に発症することを恐れていたが、幸いにして何事もなく仕事をこなせた。

 三好は何度も、「ごめんね。」と謝り、また「ありがとう。」と礼を言った。丸二日間、熱が下がらず、洗面器と水を傍らに置いたまま、暗い寝室で横になっていた。

 自分自身を支えきれなくなった肉体には、健康な時以上の重たい存在感があった。それは、動かし難く、眼下に見下ろされ、無防備だった。助けを必要としていて、僕に責任のある態度を求めていた。

 母が生きていた時にも、病気の際には、この部屋で看病をしたが、それは<母>との今の暮らしの中では、決して経験できないことだった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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