「シーボルト事件」新史料発見 長崎の商人、江戸の本店に概要報告

西日本新聞 長崎・佐世保版 野村 大輔

 江戸時代、オランダ商館医シーボルトが日本地図を国外に持ち出そうとした「シーボルト事件」に関する新史料が長崎市内で見つかった。長崎の商人が事件の概要を江戸の本店に報告した文書の写し。商人たちが貿易への影響を懸念し、独自に機密情報を集めたことを示す。事件を経済的側面からも見ることができ、専門家も着目する。

 シーボルトは幕府役人の高橋景保(かげやす)の協力で地図を入手。帰国する文政11(1828)年、禁じられている国外への持ち出しを図ったことが発覚し、国外追放処分になった。事件の発端は、同年10月10日の高橋の逮捕とされる。

 新史料は、江戸の呉服商三井越後屋の長崎代理店を営む中野用助が11月29日付で本店に送った事件報告書を写した3枚のつづり。それによると、地図の受け渡しが「江戸表で露見」(江戸で発覚)、との連絡が11月9日夜に長崎奉行所にあり、役人が速やかに出島でシーボルトを取り調べ、禁制品を発見したとある。

 国防を脅かす事件だったが、オランダがもたらす反物を長崎で仕入れる三井越後屋の関心は貿易の継続の可不可。シーボルト個人の問題との見方をキャッチした中野は報告書で「紅毛方(こうもうかた)ニハ抱(かかわ)り不申(もうさず)」と記載。紅毛はオランダ人、方は物事を示しており、貿易への影響はないとの見通しを伝えたと解釈できる。

 事件は「内密」とされたが、昨年11月に市内の古書店で史料を見つけた長崎市長崎学研究所の藤本健太郎学芸員は、「中野家と関わりが深い阿蘭陀通詞(オランダつうじ)から機密情報を得たのだろう」と推察。シーボルト研究で知られる横浜薬科大の梶輝行教授(近世日蘭交渉史)は「(事件を)外交問題だけではなく、経済問題としても捉えることができる。視点を広げる貴重な資料だ」と評価している。(野村大輔)

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