わらび餅とぬくもり、街に届け72年 「博多一番太鼓」の3代目店主

西日本新聞 ふくおか都市圏版 前田 倫之

 チリンチリン。福博の街に流し屋台の呼び鈴の音が響くと、老若男女問わずに人々が引き寄せられていく。自転車引きの屋台でわらび餅を売る「博多一番太鼓」。定番「もなか」は半世紀据え置きの1個100円。決して楽な商売ではないが、素朴な味わいとともに、博多っ子に愛された72年の伝統と人情を届け続ける。

 1月上旬のある昼下がり、福岡市のJR博多駅前に屋台が現れた。「元気しとった?」「良い1年にせなね」。3代目の長尾重明さん(68)が次々訪れる会社員や学生に声をかける。「まだおってよかった」と駆け込む常連客や、物珍しそうに近寄ってくる外国人観光客の姿も。

 「もなか」はパリパリの皮にわらび餅を挟む。原料は国産大豆など完全無添加。夏はよく冷やし、冬は温かく工夫する。長尾さんは夏に700個、冬でも400個を売り上げる。

 創業は1947年。空襲で焼野原となった福岡で、親を亡くし、食べ物もない子どもたちの姿に心を痛めた初代が、うまいもので生きる希望を与えたいと始めた。当初はきび団子。昭和30年代に安くて冷たい菓子としてわらび餅になった。

 大工だった長尾さんは95年に交通事故で足を痛めた時、2代目からリハビリを兼ねて働くことを勧められた。興味本位で始めたが、想像以上に出会いに満ちた仕事。「地味やけど、すごい商売」と思った。

 最盛期の70年代には50台以上の屋台が福岡市と近郊を回ったが、跡を継いだ10年前には担い手は高齢化し、一時は1人になった。3年前、孫の松本大介さん(30)が会社を辞めて手伝ってくれるようになった。若き4代目候補は「子どもたちが将来『昔食べた』と言ってくれれば。伝統を残したい」と意気込む。

 2人は福岡市南区の長住商店街にある店舗を朝出発し、夕方まで市内を巡る。松本さんがツイッターに大まかな行程は書き込むが「街で出会えればラッキー」と長尾さんは笑う。

 重さ約150キロの屋台を引くのは、古希を前にした長尾さんにはきつい。もうけも少ないが、値上げはできない。子どもたちを元気づけたいという創業精神を受け継いでいるからだ。

 長尾さんが接する「小さな常連客」には、母子家庭や生活保護家庭の子もいる。親の暴力、ギャンブル依存…。心に傷を負っているはずの子が、汗でベタベタになった100円玉を握りしめて駆け寄ってくる。「こっちも踏ん張らないと」

 昨年、福岡市の商店街スイーツの人気投票で1位に輝いた。「支えてくれる博多っ子のおかげ。未来の子どもたちにも、うちのわらび餅を食べさせたい」。感謝と使命感を胸に、きょうも屋台を引く。 (前田倫之)

福岡県の天気予報

PR

福岡 アクセスランキング

PR

注目のテーマ