西郷さんはなぜ偉い 久保田 正広

西日本新聞 オピニオン面 久保田 正広

 鹿児島市で生まれ10歳まで暮らした私にとって、西郷隆盛は文字通り神様だった。

 通った小学校の校区に南洲墓地がある。南洲を号とする西郷の墓を中心に、西南戦争で散った人たちが眠る。清掃活動に通い、そこから見える青空と、それを背にした桜島の絶景は今も忘れない。

 「尊敬する人は?」と尋ねられた子が「西郷さん」と答えれば、どの大人も笑顔に。そんなご近所さんだった。

 それから40年余。私は4年前から2年間、鹿児島で初めて勤務し、社会の隅々まで神格化された西郷を感じた。教育に限らない。観光や経済、行政から選挙まで西郷の言葉や肖像であふれている。

 そんな鹿児島県の公立中学校社会科教師が昨年、驚くに値する本を出版した。「『西郷隆盛』を子どもにどう教えるか」(高文研)

 筆者の山元研二さんは県内で生まれ育ち、私と同じ50代半ば。幼いころから西郷さんは偉いと教えられ、そう思い込んでいたという。

 出版の意図はこういうことらしい。道徳が教科となり、戦前の修身同様の「偉人」が扱われているが、どんな人物も功罪両面から見る必要がある。特に鹿児島では批判もはばかられる西郷にも、目を背けてはならない面がある-。

 征韓論との関係や、圧政に苦しんだ奄美島民の複雑な視線、西南戦争に巻き込まれ甚大な被害があった九州各地の現実…。学術書ではなく、いま西郷を考える上で必要な視点が平易に過不足なく紹介されている。そんな本だ。

 序文によれば、山元さんが疑問を感じるようになったのは1979年のこと。西郷と並ぶ薩摩の元勲大久保利通の銅像がようやく鹿児島市内にできた際のあまりの不人気が不思議だったという。大学で近代史を学び、西郷が大久保を大きく上回る人物とは思えなかったとも。このあたりは私も共感できる。

 郷土の偉人を愛するのは決して珍しいことではない。例えば、やはり維新の主役、長州で神格化されている人物に吉田松陰がいる。長州・山口出身の意識が強い安倍晋三首相は機会あるごとに「松陰先生」と呼ぶ印象がある。

 松陰が人を育て、維新で果たした役割は確かに大きい。ただ著書で「欧米列強と肩を並べるためにまず近隣諸国を切り従えるべし」と主張し、長州閥率いる軍部がその路線を走ったこともまた事実。

 むろん松陰一人の説ではない。それでも首相が「吉田松陰を子どもにどう教えるか」という視点を持てば、ひと味違う政治・外交になる気もするのだが。 (論説副委員長)

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