聞き書き「一歩も退かんど」(65) 住所教えるファクス 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 福岡高検刑事部長の懇切丁寧な事情聴取を終えた6日後、2007年6月17日のこと。私のホテルに落ち着いた男性の声で電話が。

 「川畑幸夫さんですか」。「はい」と答えると、「私は鹿児島県警の警察官です。あの3人の住所を知っていますか」。志布志事件を指揮した志布志署のK元署長と県警本部のI警部、そして私に踏み字をさせたH警部補のことです。

 「知りません」と答えると、「今からファクスを流すので、機械の前に立っていてください」。そう言い残し電話は切れました。すると、ホテルの複合機に3人の住所を記載したA4の紙が流れてきました。

 送り主はわざわざ調査して住所を特定してくれたようで、その経緯も詳しく書いてあります。私は早速、「川畑の街宣車」で、鹿児島市へ繰り出しました。

 おことわりですが、この街宣車が誕生したとき、私はK元署長の家に真っ先に街宣をかけたと話しましたね。一戸建ての住宅でしたが、この後にK元署長はマンションに引っ越して、住所が分からなくなっていたのです。

 文書の通り、3人の住まいはいずれも鹿児島市内にありました。まずH警部補宅へ。私は家の近くでマイクを握り「H警部補に踏み字をさせられた川畑です」。住宅街なので住民が出てきてじろじろ見ますが、「うるさい」とは言われませんでした。近所の方々も踏み字事件のことを知っていたのでしょうね。

 続いてI警部宅に向かう途中に交番があったので、車を止めて取調室の可視化の必要性を一席。すると携帯電話が鳴り、「おはんもやっどな」と旧知の声が。県警の現職警察官でした。本部でたった今、川畑が市内を街宣中という情報が広まっているそうで、警察の情報網はすごいですね。「絶対に暴言を吐いたらいかんど。逮捕さるっど」とくぎを刺されました。

 K元署長のマンションとI警部宅の周辺では「KさんとIさんにやられた川畑本人です。ごあいさつに来ました」と皮肉を言ってやりました。3人の家への街宣はこの1回だけ。少し留飲が下がりました。

 それにしてもファクスの主は誰でしょう。4年前、わが家に家宅捜索に来たおっとりした刑事さんに声が似ているような気もしますが。いずれにせよ心ある警察官はたくさんいるのです。この人たちのためにも負けられん、と思いました。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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