「ドキュメンタリー写真を芸術に」 奈良原一高さん悼むゆかりの人々

西日本新聞

 19日に死去した写真家・奈良原一高さんは九州を舞台に初期代表作を撮影し、九州産業大などで長年教え後進育成に尽力した。大きな足跡を残した写真家を、ゆかりの人たちが悼んだ。

 奈良原さんは1956年、軍艦島や桜島の降灰に苦しむ人たちを写した「人間の土地」を銀座のギャラリーで開催し、早くから脚光を浴びた。当時、ジャンルを超えて交流した美術家の池田龍雄さん(91)=佐賀県伊万里市出身=は会場を訪れ、「素晴らしい写真だと思った。珍しい迫力を感じた」と振り返る。

 九産大教授の写真家、百瀬俊哉さん(51)は大学院時代に薫陶を受けた。普段は穏やかだが「対象を凝視するときは声を掛けられないほどの緊張感があった」と振り返り、「写真をドキュメンタリーから芸術に高めた」と功績をたたえた。

 奈良原さんは九州造形短大(現九産大造形短期大学部)でも教えた。授業をサポートした同短大元教授の松永楠生さん(72)は「既に高名な写真家だったが、学生の作品をけなすことは決してなかった」。写真の専門教育を受けていない奈良原さんは、「たくさんの人に世話になった分を若い人に返さないと」と、教育に情熱を注いだという。

 九産大元学長で画家の宇田川宣人さん(75)は「父親が裁判官で、(奈良原さんは)公正で厳格な人だった」としのぶ。「早大で美学を学んだためか、人間の生きざまを撮る際も美しさ、芸術性を追い求めた」と創作姿勢を語った。

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