聞き書き「一歩も退かんど」(67)「1回」で起訴に怒り 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 2007年9月19日。私が営むビジネスホテル枇榔(びろう)に、あれほど電話が殺到した日はありません。福岡高検が記者会見を開き、H元警部補の在宅起訴を発表したのです。

 罪名は特別公務員暴行陵虐罪。任意取り調べ中に親族の名前を書いた紙を踏ませる「踏み字」で私に自白を強要し、精神的苦痛を与えた、との起訴事実でした。精神的苦痛で警官(当時)をこの罪に問うのは、前例がないそうです。

 でも、自宅で記者に囲まれた私は落胆を通り越し怒りがこみ上げていました。「起訴状には『紙3枚を1回踏ませた』と書かれていますよ」と記者から聞かされたのです。「うそでしょう。本当に1回ですか」と何度も聞き返しました。

 私は一貫して「10回くらい」と証言してきました。国家賠償訴訟でも鹿児島地裁が明確に「少なくとも3回」と認定しました。その数をなぜ減らすのですか。「高検も鹿児島県警と一緒。この組織の身内に甘い体質は変わらない」と率直な感想を述べました。

 さらには、高検にあれだけ訴えていたH元警部補の逮捕も実現されませんでした。無念でなりません。

 おまけに県警の対応にもまたあきれました。元警官が在任中の違法行為で起訴される異常事態とあって、報道各社は藤山雄治本部長の記者会見を再三求めたそうです。でも県警は本部長コメントを書いた紙切れ1枚を配っただけ。感想を問われた私は、こう答えるしかありませんでした。

 「県警は腐っている」

 ただ、朗報もありました。県の条例では禁錮以上の刑が定められた罪で起訴された公務員には退職金が支給されません。よって、H元警部補の退職金は不支給が確定したのです。これで一つ憂いが消えました。

 また、高検によると、H元警部補は「踏み字」をさせたことを認め「反省している」と話しているとか。次第に私の心に淡い期待が芽生えてきました。H元警部補が今度こそ真実を話してくれるかもしれない-。

 警察を辞め、退職金も失ったからには、県警に義理立てする必要はもうありません。奥さんから「なぜ1人だけ責任をかぶるの?」となじられているかも。組織のしがらみから解放され「全ては上の指示でやった」と詳細を証言してくれれば、志布志事件の真相解明も見えてきます。

 え、私はお人よしすぎるって? でも人を信じるのが、私の性分なのです。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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