自虐のはなわ、佐賀に家族を戻した理由 「親になって気付いた魅力」

西日本新聞 夕刊 津留 恒星

 「SAGAさが~♪」。自らが育った佐賀を自虐的に歌った曲「佐賀県」でヒットを飛ばし、一躍有名になったお笑い芸人、はなわさん(43)。夢を追いかけ佐賀から東京へ出たが、現在は家族を佐賀市内に戻し、東京と佐賀を行き来しながら仕事と子育てに励む。都会と田舎の両方を知るはなわさんに、「田舎」の良さを聞いた。

 -子どものころ、佐賀はどんなところだったか。

 「埼玉に生まれ、小学6年生のときに千葉から佐賀市に引っ越してきた。田んぼだらけで何もない。弥生時代にタイムスリップしたと思うほどびっくりした。夏の日差しが強くて、空がすごく広くて。これから、ここで暮らすかと思うと、びびった」

 「中高生のときに遊んでいたのは、白山名店街。めちゃくちゃお店があって、そこで全部買い物していた」

 -高校を卒業して、なぜ東京に向かったのか。

 「ずっと佐賀は何もない田舎だと思っていてあまり好きじゃなかった。早く佐賀を出たいと思うようになり、東京という街への憧れがどんどん強くなった。芸能界に入って、東京で一発花火を打ち上げてやろうと野心を持っていた」

 -お笑い芸人になり、2003年に「佐賀県」をリリースしたのは。

 「お笑いではコンプレックスが武器になる。背が小さいとか、太っているとか。周囲から『佐賀ってどこにあるの』『佐賀は何もないよね』と言われ、これはネタになるなと。佐賀を盛り上げたいという気持ちではなく、笑いをとるために作った。若かったし、必死だった」

 「ノンフィクションでなく、全国の田舎あるあるを集めたのが『佐賀県』。『佐賀の悪口ばっかり言って』と怒るお年寄りの方もいたけど、佐賀の人が一番応援してくれた」

 -なぜ家族を東京から佐賀に戻したのか。

 「『佐賀県』を歌うことで、ふるさととして向き合うようになった。9年前、佐賀出身の嫁さんと佐賀で息子3人を育てようと決めた。自然豊かで、食べ物がおいしい。東京より物価が安く、地域の人や嫁さんの親族が子育てを支えてくれる」

 -この30年で、佐賀も変わった。

 「街並みは変わったが、佐賀の空気感、時間の流れ、人の気質など素の部分は変わっていない。昔は都会に憧れていて気付かなかったが、大人になって親になって、佐賀の良さは田舎なところだと気付いた」

 「東京の人はいつも何か焦って、ため息がまん延している感じ。田舎者が集まって戦っている。僕は東京と佐賀を行ったり来たりして、佐賀に戻ると仕事スイッチをオフにできる。嘉瀬川の土手を散歩したり、有明海の干潟を見に行ったり。心が癒やされる。佐賀が東京に劣っているとは全く思わない。変に都会にしようとするよりも、佐賀の良さを残してほしい」

 -佐賀を出ようとする若者たちも多い。

 「僕も佐賀を出た一人なので若い人たちの気持ちはよく分かる。今はまだ、どうしても都会でしか成り立たない部分があると思うので、やりたい仕事が佐賀でできるような環境が増えると良いなと思う」

 -はなわさんにとって佐賀県とは。

 「日本で一番住みやすい場所。その素晴らしさを伝えるためにも、ちゃんと今の佐賀を見つめ直した曲を作り、ふるさとに恩返しをしたい」 (津留恒星)

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