聞き書き「一歩も退かんど」(69)住所聞かれて固まる 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 2007年10月26日、鹿児島県がようやく求償権を行使しました。踏み字国家賠償訴訟で私に支払った68万円のうち50万円をH元警部補に請求したのです。「踏み字は個人による行為だが、県警にも一定の監督責任があった」と判断したそうです。H元警部補は間もなく、請求通り支払ったとのことでした。

 これで胸のつかえが取れた私は、50万円を志布志事件無罪国賠訴訟の支援金に提供しました。元被告には逮捕され職を失った人が多く生活は困窮。弁護料の払いも滞っていました。そこで、手弁当で頑張ってくれる弁護士たちに少しでも金銭的な援助になればと思ったのです。残り18万円は、野平康博弁護士に今後の弁護料として渡しました。

 さあ、これからは踏み字刑事裁判に全力投球です。11月22日、私は午前2時に起きました。きょう、H元警部補への裁きが始まるのです。まだ真っ暗な中、ビジネスホテル枇榔(びろう)に志布志事件の元被告や支援者たち45人が集合。午前4時半、貸し切りバスで福岡市へ出発しました。

 福岡地裁に到着すると、上空をヘリコプターが旋回しています。私たちは「へー、福岡は都会だからヘリもたくさん飛ぶんだ」とのんきに言い合っていると、ある記者が教えてくれました。「ヘリはこの裁判を撮影しているのですよ」

 それもそのはず、70の傍聴券を求めて、地裁には250人もの列ができていました。記者に囲まれた私は「きょうはHさんが全てを話してくれると信じています」と心境を話しました。

 私は傍聴席最前列のど真ん中に陣取り、午前10時、開廷。H元警部補が被告として入廷してきました。仕切り柵を隔てて2メートルほど前に座ったいかつい背中を、にらみつけました。

 「被告人は前に」。裁判長の言葉に促され、H元警部補が証言台に。刑事裁判の冒頭、出廷者が被告本人かを確認する人定質問です。

 氏名と生年月日をすんなり答えたH元警部補ですが、裁判長に現住所を聞かれて固まりました。県警を辞めた後、福岡市に引っ越しており、住所をマスコミに知られたくなかったのでしょう。沈黙が続き、裁判長が「では私が代読します」と、福岡市の住所を部屋番号まで述べました。

 すると、傍聴席からテレビの記者がダーッと駆けだしていきます。自宅を撮影してニュース映像で流すのでしょうね。家族がかわいそうな気もしました。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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