来夏・パキスタン派遣に備え 熱帯医学など勉強へ 古賀町の中村医師 あす英国へ出発【過去記事】

西日本新聞

<この記事は1983年9月26日夕刊に掲載されたものです>

 「無医地区の住民のために、この生涯を」――日本キリスト教海外医療協力会の派遣医として来年五月にパキスタン北西部の辺境・ペシャワルに赴任する福岡県粕屋郡古賀町久保の中村哲医師(三六)が二十七日、語学や熱帯医学などを事前勉強するため、家族を連れてロンドンへ出発する。「妻にはペシャワルに十年は住むと言ってきかしてるんですが、一生いるかもしれません。医者として無医地区を見逃せないんです。事前勉強もたっぷりしてきます」と中村医師は張り切っている。

 中村医師がパキスタンへ救援医療を思いたったのは、福岡登高会(福岡市・新貝勲会長)が五十三年に行ったティリチミール遠征に参加した時。ペシャワルを拠点にしたが、この地方の医療水準の低さに心を痛めた。ペシャワルはシルクロードのインド側起点で、北西辺境州の州都。人口は約五十万人。ところが、無医地区が延々と続き、十人に一人は結核患者、千人に五、六人はハンセン氏病患者だった。

 遠征から帰国した中村医師は「機会があれば、ペシャワルのようなところで医療に携わりたい」と思い続けた、だから、九大医学部時代に専攻した神経病学のほかに、福岡市周辺の病院などで麻酔科、脳外科、内科全般など幅広く医療の腕を磨いた。

 一方、長い間ネパールで医療活動を続け、海外医療活動の先駆者的医師として有名な岩村昇・神戸大教授に相談したところ、日本キリスト教海外医療協力会とのコンタクトを勧められた。そこで、昨年八月、同協力会に連絡を取ったところ、偶然にもペシャワルから医師の派遣要請が来ていることが分かり、二つ返事で引き受けた。

 中村医師は昨年末とことし四月の二回にわたり、赴任するペシャワルの病院を訪問。辺地医療に情熱を燃やす院長と意気投合して、来年五月の再会を約束してきた。この病院は、ペシャワルの中心部にあるが、ベッド数百五十床なのに医師はわずか四人だけだという。

 パキスタンの医療事情について中村医師は「住民の衛生観念が低く、不衛生ゆえの病気が多い。貧富の差が激しく、病院にかかれるのも裕福な人だけに限られている。山岳地方はほとんど無医地区ばかり」と指摘。「早くペシャワルへ行って、病気に苦しむ辺境の人たちを救わねば」と早くも気持ちは現地へ飛んでいる。

 赴任は来年五月。それまでに必要なのがパキスタンで公用されている英語のマスターとマラリア、腸チフスなど熱帯医学の研修。このため、二十七日に福岡を出発したあと、二十八日成田からロンドン入りする。妻尚子さん(三〇)長女秋子ちゃん(三つ)長男健ちゃん(一つ)も一緒に行く。

1983年9月26日夕刊の記事

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