”山男ドクター”みんなで救おう パキスタン入り目指す粕屋郡出身の中村医師 口コミで600人結集 支援の会 千万円目標、駆け回る【過去記事】

西日本新聞

<この記事は1983年12月20日付夕刊に掲載されたものです>

 パキスタンのペシャワール市で医療奉仕する中村哲医師(三七)=福岡県粕屋郡古賀町出身=を支援しようと結成されたペシャワール会(代表・問田直幹中村学園大学長)に、会員加入が相次いでいる。最初は、中村さんの山登り仲間だった福岡登高会(新貝勲会長)や中村さんが勤務した福岡徳洲会(春日市)大牟田労災病院(大牟田市)国立肥前療養所(佐賀県神埼郡東脊振村)などの同僚に限られていたが、口づてに広まって「中村さんの活動を手助けしていきたい」という一般市民の参加が急増中だ。「アジア同胞の苦難に”一隅を照らす”良心」(問田会長)の輪は確実に広がっている。

今月末に会報第一号

 福岡市中央区大名二丁目の福岡YMCA内に設けられたペシャワール会事務局では、今月末に会報第一号を発行するため、佐藤雄二事務局長(九大医学部講師)、志満秀武福岡YMCA主事が準備に忙しい。

 佐藤事務局長は「九月十八日に発会して、三カ月足らずで約六百人になった。大々的にPRしなかったのに、こんな大きな反応があって驚いている。しかし、中村君の医療活動を助けるためには、三千人の会員が必要です」と話す。

 一口年間千円の会費で一千万円集めるのが目的。それで中村医師に必要な医療器材を送ろうというわけだ。

 会報では、会員拡張を呼びかけ、九月から英国ロンドンで研修している中村医師の手紙、ペシャワール会の活動報告など掲載する。

カンパに走る登高会

 中村医師は来年四月までロンドンで研修、四月に一時帰国して五月からパキスタンのペシャワール市に向かう予定。現地では辺境の無医村を定期的に巡回診療する予定だ。

 福岡登高会は「足の便が悪いので、中村君に頑丈な車を贈ろう」(新貝会長)と、三百五十万円を目標に、会員たちがかけずり回ってカンパ中だ。っまた、西南学院大学の村上寅次院長は学報の中で「山男ドクター、パキスタンに」と題して、ペシャワール会への加入を呼びかけ、北九州市の西南女学院短大でも学生、父母に訴えるなど、多くの人たちの応援も。

悲惨さに心打たれる

 この中村医師がペシャワール行きを決意したのは、五十三年六月に福岡登高会の同校医師として、パキスタンのティリチミール(標高七、三〇〇メートル)遠征に参加したことがきっかけ。パキスタン北西部の辺境州で、悲惨な現状に接して「強く心を打たれた」ため。「裸足(はだし)の医者」が信条の中村医師は「少しでも役に立ちたい」と、ティリチミールの山に向かって「再びこの地に来て診療する」と誓ったのだった。尚子夫人との新婚旅行もわざわざパキスタンにしたほどだ。

 「火野葦平のオイで、文学の才能が豊かなヤツ。そして困った人を見捨てることができない、心優しい男」(佐藤事務局長)の中村医師。そんな人だから友人も多かった。初めは「やめろよ」と反対していた友人たちも、彼の熱意に「それほど思っているのなら」と支援に立ち上がった。

求められる息の長さ

 問田会長は「十年に及ぶ長期間の医療奉仕になるので、支援も息長い活動を続けなければならない」と話し、佐藤事務局長も「良心的な人の集まりで、純粋なボランティア活動を目指したい」と言う。さらに、新貝会長は「中村君を通して、パキスタンとの交流に大きな意味がある」と指摘する。

 中村医師はロンドンからの手紙で「広く多くの人々の良心に支えられている実感が伝わってきます。これはみんなの事業で、私だけが行うものではありません。私の体験を分かち合い、みなさんと一体になって進めていきたい」とつづっている。

 

1983年12月20日付夕刊の記事

 

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