パキスタンの中村哲医師に”お年玉” ハンセン病撲滅へ山岳巡回診療車 福岡のペシャワール会 OL、若者が募金 三菱も協力

西日本新聞

<この記事は1987年1月5日付朝刊に掲載されたものです>

 日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)から派遣され、パキスタン北西辺境州でハンセン病絶滅の奉仕を続けている中村哲医師(40)=福岡県粕屋郡古賀町出身=に、福岡市に本部がある「ペシャワール会」(佐藤雄二代表)から、山間部巡回診療用の四輪駆動車が贈られることになった。「貧しくて、病めるアジアの人々とすべてを分かちあう」と、風土病と闘う同医師に対し、三菱グループが協力した。

 「カラコルムの人々に”医”を運べ」と、ペシャワール会が巡回診療車募金キャンペーン活動を始めたのは1985年夏から。目標額の500万円(輸送料、諸経費を含む)に対し、昨年末現在、170万円余りしか集まらず困っていたが、三菱商事自動車第二部が「商売抜きで」と、車の提供を申し出た。この1年半、募金活動を推進してきたOLや青年たちの喜びもひとしおだ。

 中村医師は、78年に福岡登高会ティリチミール峰登山隊の医師としてカラコルム地方を訪れた時、山間部の粗末な小屋に閉じこもり、ひたすら死を待つ風土病患者を目撃、現地での医療活動を心に決めた。84年からパキスタン・アフガニスタン国境に近いペシャワール・ミッションホスピタルで、ハンセン病退治に奮戦中。この病気は乳幼児期の家庭内感染が多いうえ、社会的偏見が強いため車による巡回診療が必要。

 同医師はクリスチャン。85年から86年にかけて、アフガニスタンからの難民と患者が爆発的に増え、徹夜の診療が続いた時、「自分の背後に福岡など、国内の多くの人々の誠意がある」ことが大きな支えになった。同年のクリスマスには「ペシャワールで一番上等のケーキを買い込み、ハンセン病棟の40人の患者に切って与え、ささやかなクリスマスを祝った」。真冬の寒々とした医師の部屋で談笑が生まれた。「すべてはこの笑顔に凝集されて私は報われている」と思ったという。

 ペシャワール地方での中村医師の活動は単なる診療活動だけでなく、ハンセン病予防のための靴工場の建設(86年4月)や生産がある。また現地スタッフの養成も急務、という。同医師は、理学療法士、臨床検査技師、看護婦などをトレーニングする基金づくりを始めており、日本からの協力を呼び掛けている。

1987年1月5日付朝刊の記事

 

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