ハンセン病 撲滅だ パキスタン 辺境ペシャワール…熱い挑戦 一時帰国の中村哲医師 「10年間は腰すえて」 友人ら募金活動で支援

西日本新聞 夕刊

<この記事は1985年8月1日付夕刊に掲載された記事です>

 昨年5月からパキスタンのペシャワールで、ハンセン病患者の治療活動を続けている中村哲医師(38)=福岡県粕屋郡古賀町=が、夏期休暇のため一時帰国した。現在ペシャワールでの活動の報告会、現地の医療事情の講演会と大忙しの毎日。8月中旬には、再び患者の待つペシャワールに旅立つが、中村医師は「10年間は腰をすえて医療活動がしたい」と話している。

 中村医師がペシャワールの医療水準の低さを垣間見たのは、1978年、福岡登高会のティリチミール遠征に参加した時だった。その拠点ペシャワールは無医村地区が多く、結核、ハンセン病患者などが治療の手を待っていた。

実数は4,5万人

 医師としての良心が動いた。「ここで医療活動をしたい」。ちょうど日本キリスト教海外医療協力会に、ペシャワールからの医師派遣の養成が来ていたこともあって、話はトントン拍子に進んだ。専門は神経内科だが、現地に出発する前に、国内やイギリスでハンセン病など熱帯医学を勉強した。中村医師の情熱に賛同した友人などが「ペシャワール会」(現在約2千人)を結成し、物心両面で中村医師の活動を支えている。

 現地では「ミッションホスピタル」の医師として、ハンセン病の治療を担当。ペシャワールは北西辺境州の州都。北西辺境州のハンセン病登録患者は4千~5千人だが、実数は「この10倍近くになるのでは」と中村医師はいう。

患者用サンダルを

 病院での治療だけでなく、無医村地区の巡回診察も重要な仕事だ。北西辺境州は四国と九州を合わせた広さで、山間部が多く、道路事情は悪い。数日がかりで、一人の患者しか診察できないことも少なくない。

 このほか、中村医師はことしの大きな活動として「ペシャワール会」の協力を得て、ハンセン病患者の足の裏の患部を保護する、患者用サンダルの生産を考えている。

 パキスタンには、ハンセン病用のサンダル製造工場は2カ所しかなく、ペシャワールにはない。このため、小さなワークショップを作り、職人2、3人で年間500~600個を手作りで生産し、患者の治療に役立てる計画だ。

不衛生で発病も

 中村医師は「住民の衛生観念が低く、不衛生のための病気が多い。今後も10年間ぐらいは病気に苦しむ患者の治療に全力を注ぎたい」と元気いっぱいだ。

 中村医師の活動を支える「ペシャワール会」の佐藤雄二事務局長は「会では山間部の巡回診療に欠かせない車のために募金なども始めている。ハンセン病撲滅を目指す中村医師の活動を支えるため多くの人に会に入ってもらいたい」と協力を呼びかけている。ペシャワール会の連絡先は福岡市中央区大名1-12-8、福岡YMCA内=092(781)7410。

1985年8月1日付夕刊の記事

 

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