パキスタンへ仁術医 貧しい医療見かね 古賀町の中村哲医師 10年は頑張る 25日に出発

西日本新聞 夕刊

<この記事は1984年5月7日付夕刊に掲載されたものです>

 「金や物を援助するだけでなく、医療を通じて心と心の交流を深めていきたい」――日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)の派遣医としてパキスタンの北西辺境州ペシャワールに赴任する福岡県粕屋郡古賀町久保、中村哲医師(37)は6日午後、福岡市で開かれたペシャワール会総会で抱負を語った。中村医師は25日、福岡を出発する。

 中村医師は1978年の福岡登高会によるティリチミール遠征に参加した際にペシャワールを訪れた。下痢で死んでいく子供や満足に薬をもらえない多数の患者を見て、心を痛めた。「チャンスがあれば、ペシャワールのような所で仕事をしたい」と思い続けた中村医師は、帰国後、JOCSに連絡を取った。偶然にもペシャワールから派遣医の要請が来ていたため二つ返事で引き受けた。昨年9月から語学や熱帯医学の事前勉強のためイギリスにも行って準備をしてきた。

 総会は、中村医師の壮行会を兼ねて行われた。同会会長の問田直幹中村学園大学長などから励ましの言葉があったほか、新貝勲福岡登高会会長も「一時的なものではなく、10年、20年と持続させていくことが大切だ」。これを受け、中村医師は「長く援助が続けられるような体制を現地に築いていきたい。援助は、単に医療の面だけではなく、貧困や教育の面でも必要だ。心と心の懸け橋になりたい」と静かに語った。

 中村医師は25日に福岡を出発したあと、現地着後の3カ月間はウルドゥ語の勉強。10月からペシャワールのミッション病院でハンセン病の治療や予防、無医地区を定期的に巡回する移動診療などの勤務につく。そのころには家族も呼び寄せ、少なくとも10年は頑張るつもりでいる。

1984年5月7日付夕刊の記事

 

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