誰かと争い窮地に陥った時、逃れる方策は面と向かって謝ることだ…

西日本新聞 オピニオン面

 誰かと争い窮地に陥った時、逃れる方策は面と向かって謝ることだ。それを如実に示すのが「カノッサの屈辱」と呼ばれる史実である

▼1077年の1月25日、真冬のアルプス山脈を越え、神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ4世が北イタリアのカノッサ城に着く。皇帝は聖職者の任命権を巡り、ローマ教皇グレゴリウス7世と対立していた。だが、教皇に自分が破門されたことで諸侯が離反。破門を解かねばわが身が危うくなった

▼城に滞在中の教皇は面会を断る。皇帝は悔悛(かいしゅん)の意を示す修道衣をまとい、雪の降る城門に素足で3日間立ち続け、ようやく破門を解かれたという

▼直接謝罪とはこれほど大変なことだ。2003年に起こった冤罪(えんざい)、志布志事件では、鹿児島県警もそんなジレンマに陥ったのか。本紙で聞き書きを連載中の被害者川畑幸夫(さちお)さんは「悪いことをすれば本人や責任者が被害者の前に来て、頭を下げるのが一般社会の常識なのに」と嘆く

▼県警本部長をはじめ捜査指揮官や取調官は誰一人として、数十人に及ぶ事件の被害者に今も直接謝罪をしていない。川畑さんは「踏み字をさせた取調官が直接謝ってくれさえすれば、国家賠償訴訟も取り下げた」と連載で語った

▼ちなみにカノッサで謝罪した皇帝は一時的に権勢を取り戻すも、やがて欧州では教皇の力が拡大していく。謝罪を拒む組織の行く末はどうなることか。この史実からは量れぬが。

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