今も生きる「太閤道」 名護屋城から唐津城下を結ぶ16キロ

西日本新聞 佐賀版 野村 創

 佐賀県唐津市には、16世紀後半の朝鮮出兵の際、豊臣秀吉や全国から集結した武将たちが通ったとされる「太閤道」が今も残っている。秀吉が築いた名護屋城(同市鎮西町)と唐津の町を結ぶ約16キロの道だ。文化庁の「歴史の道百選」にも選定されている。どんな道だろうか。1月中旬、太閤道を踏破する催しがあると聞き、参加してみた。

 主催は、長崎街道と唐津街道をつなぐ「塚崎往還」(唐津往還)を語り継ごうと、2002年に発足した「塚崎・唐津往還を歩く会」。夏場を除いて月1回、県内を中心に歴史街道を歩いている。太閤道は04年以降、毎年歩いており、今回で17回目という。

 集合場所はJR唐津駅。約40人の参加者とともにバスでスタート地点の名護屋城跡に向かう。午前10時過ぎ、名護屋城跡の石垣を背に歩き始めると、すぐに山道に入った。積もった落ち葉を踏みしめながら歩く。北風が冷たい日だったが、林の中は風も入らず、寒さも幾分和らいだ。「太閤道は全体の3分の1以上がこうした自然の中の道です」。同会事務局長の馬場良平さん(69)が教えてくれた。

 道中には「太閤道」の看板も設置されていた。地元の町づくり団体「肥前名護屋城倶楽部」が整備したという。道は畑の中や民家の脇を走っており、看板がなければ迷いそうだ。

 馬場さんによると、太閤道を歩き始めた04年の前はどこが道か不明な場所も多く、地元の人に話を聞きながら特定作業を進めた。長年使われず竹に覆われている道もあり、竹やぶを切り開いて復元してきた。今も毎年のウオーキング前には、倒木の除去作業や草刈りが欠かせないという。

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 午後0時半、中間地点辺りにある県上場営農センター(鎮西町)に到着。昼食を取って、後半のウオーキングに入る。

 後半の見所は、長さ800メートルほどにわたって残る未舗装の道。地元の住民や農家の生活道路として使われており、古い道の痕跡を残しながら、道幅は車が通れるほどの広さだ。きれいに整備されていて、映画のロケにも使えそうだ。

 「全国から集まってきた武将の足跡が聞こえてきそうな感じがします」。馬場さんが太閤道の中で最も気に入っている場所だ。「太閤道は生きている。味わいながら歩いてください」。馬場さんは参加者にこう呼び掛けた。

 終盤の難所は、上場台地から唐津市街地までの山道。急な下り坂が続き、足に負担がかかる。それでも自然の中に道が残っている太閤道は、同会が歩く数ある歴史街道のコースの中でも人気が高いという。

 昨年に続いて歩いた同市町田の1級建築士、菊池郁夫さん(65)は「400年前を体感できておもしろい。こんな道が残っていること自体が奇跡なのでは」と感慨深げ。地元の鎮西町から初めて参加した中川喜友さん(66)は「太閤道がどこをどう走っていたか、初めて知って感動した。勉強になりました」と話した。

 急坂を下り終えると、最後の峠を越えて、市中心部の名護屋口(弓鷹町)にゴール。馬場さんの解説を聞きながら7時間弱の道のりだった。「太閤道を体感してもらい、400年以上前に思いをはせてほしい。ずっと歩き続けることで、この道を後世に残していければ」。馬場さんの言葉が心に残った。(野村創)

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