【2020円くまもとの旅】草枕の里 のんびりひたる 小天温泉へバスで

西日本新聞 夕刊 古川 努

 バスに揺られながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい(夏目漱石「草枕」より)

 漱石の思いが、おじさんになると分かるようになる。

 午前10時10分。浮世のあれこれを忘れようと「サクラマチ クマモト」(熊本市中央区)から「小天(おあま)温泉」(熊本県玉名市)行きバスに乗り込んだ。漱石の小説「草枕」の舞台となった地だ。

 マナー違反の車や自転車に気を取られるマイカー移動と違い、バス旅は別世界。一段高い車窓から下界を眺めるも良し。沈思黙考するも良し。遠浅の海にノリ養殖のさおが立つ。右手の段々畑には熟したミカンが実る。街の外には季節感がちゃんとある。

 午前11時8分。天水湖バス停(熊本市西区)で降車。900円の「わくわく1dayパス」の限界だ。玉名市との境界を徒歩で越え、漱石が宿泊した「前田家別邸」に着く。

 「ごめんください」。声を掛けたが返事はない。6畳の「離れ」に入ってみた。縁側は開け放たれ、寒くてかなわない。だが、畳に座り込んで庭を眺めるうち、気分が良くなってきた。小鳥がチュンチュンとさえずる。分厚かった雲がほどけ、水色の空が見える。庭石のくぼみにたまった水に、雲と青空が映り込む。

 気分はすっかり文士。無料で漱石の足跡を学べる「草枕交流館」にも立ち寄った。女性職員に小声で「近くに安い食堂、ありますか」と尋ねると「きょうは火曜。ラッキーですね」と返ってきた。近くのレストラン「花の館」は火曜限定でランチ500円。お値段以上の肉汁たっぷりハンバーグに大満足した。

 デザートは、畑で就労施設のみなさんが「正月の飾り用だけど、おいしいよ」と分けてくれたみずみずしい葉ミカン。旅の締めは「草枕温泉てんすい」。入浴料は500円、ロッカー10円。露天風呂に首までつかり、対岸の普賢岳を眺める。ふわり、ふわりと魂がクラゲのように浮いた。

 文学散歩とグルメ、温泉を楽しむ安近短のフルコース。草枕のようなロマンチックな出会いはなかったが、控えめに言って、最高だ。のんびりしていると、もう午後6時前。浮世に戻る時刻が来てしまった。残金で缶コーヒーを買い、バスを待つ。110円のぬくもりを握りしめ、心の充電は満タン状態で。 (古川努)

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