ソウルフードに育った 味噌だれおでんの店 【食堂物語】

西日本新聞 北九州版 石黒 雅史

 「ラーメン通り」と呼ばれる街路が、福岡県行橋市の飲み屋街にあったという。10年ほど前まで、100メートルほどの間に各種ラーメン店が集まっていた。ピーク時は10軒近くあったようだ。

 その一つが行橋名物「味噌(みそ)だれおでん」の起源とされる「らんぷ屋」だった。

 創業者は愛知県安城市出身の新家(にいのみ)という姓の男性だった。遺族によると、新家さんは戦後、商売をしていた旧満州から引き揚げたが故郷は焼け野原だった。行き場がなく、引き揚げ船内で看病をして感謝された行橋市の夫妻を頼って身を寄せ、ラーメン店を開いたという。1948年ごろのことだ。

 安城市は八丁みその元祖である岡崎市(八帖町)の隣。新家さんが故郷の味・八丁みそをおでんにかけて出したところ、甘辛さがおでんによく合い、評判になった。らんぷ屋の従業員が独立してラーメン通りに開いた「三徳ラーメン」や「大正庵」もメニューに加えたため、行橋の味として定着していった。

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 新家さんは昭和30年代に亡くなり、店を継いだ息子も80年に廃業。空白を経て娘が一時継いだが2009年に閉店した。孫が小倉で一時期営んだ後継店も今はない。大正庵は20年ほど前に火事で焼け、三徳はJR駅の近くに移転、ラーメン通りの愛称は消えた。だが三徳の味噌だれおでんは、唯一らんぷ屋の流れをくむ味として人気を保っている。

 3代目の店長、安藤裕二さん(45)は17歳で店を継いだ。当時からあった味噌だれの味を今も守っている。みそをベースにショウガや砂糖、そして隠し味の豚骨スープを加えることで、まろやかな味になるという。おでんも豚骨スープで炊くので相性がいい。「おでんの後に残ったみそをラーメンにかけても合う」のが三徳の味噌だれだ。

 1個90円(税込み)。材料費が上がっているので料金維持は苦しいというが、帰省した人が故郷の味を求めて来店するほど親しまれているので「頑張るしかない」と笑う。

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 らんぷ屋の閉店を惜しみ、味噌だれおでんをブランド化しようと動いたのが、市内で「ポパイ食堂」を営む工藤宏太さん(45)だった。

 「大学や就職で外に出て初めて、おでんにみそをかけるのが当たり前じゃないと気づく人も多い。行橋の食文化として残さねば」。まず09年、飲食店経営者らを募って食べ比べ企画を開催。その後、当時ブームだった「B1グランプリ」にも2回出場した。

 味噌だれおでんを出す店のマップを作って食べ歩きを宣伝、キャラクターも考案した。B級グルメのブームは去ったが、味噌だれおでんは行橋の新たな「ソウルフード」として広く認知された。JR行橋駅にある市観光協会の物産コーナーでは、工藤さんの味噌だれを販売している。

 ラーメン店だけでなく食堂やうどん店にも独自の味噌だれおでんがあり、コンビニ店もおでんにはみそが付いてくる。独自の味噌だれを作る家庭も珍しくないという。「70年前、縁もゆかりもないこの地に八丁みそを持ち込んだ」(新家さんの遺族)らんぷ屋の魂が、行橋に生き続けている。

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