常連が買い出しする店 山田食堂 【食堂物語】

西日本新聞 北九州版 米村 勇飛

 北九州市若松区東部の商店が立ち並ぶ一角にある「山田食堂」。食堂とあるが、実は創業75年になる老舗のお好み焼き屋だ。

 看板メニューは、薄い生地でたっぷりと入ったネギと天かすを包んで二つ折りにたたんだ「ネギ入(いり)お好み焼き」、通称「ネギ焼き」。焼くときにヘラでギュウギュウと鉄板に押しつけるため、その形から「ぺったん」ともいわれる。

 地元の中高年には、安価で食べられる「一銭洋食」との呼び名のほうがなじみだ。

 1945年、終戦後に広島県出身の山田アサコさん(故人)が創業した店は現在、義理の娘の山田陽子さん(67)が2代目としてヘラを握る。

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 「昔は今より荒っぽいお客さんも多かった」と陽子さん。かつて日本屈指の石炭積み出し港として、日本の近代化を支えた若松には、義理人情に厚くてけんかっ早い「川筋気質」を持った男たちが全国各地から集まった。

 陽子さんが山田家に嫁ぎ、店を手伝い始めた約40年前。石炭産業は斜陽ではあったが、まだ街には元炭鉱マンや石炭輸送の船乗りとして働いた人が多くいたという。「普通に酒を飲んで、ネギ焼きを食べていたのに、突然店の中でけんかを始める人もいて大変だった」と振り返る。

 店には女性も集った。周辺にはかつて、血気盛んな男たちを相手にする「立ちんぼ」の女性が多数いたという。女性たちは仕事の前後に店に立ち寄り、ネギ焼きを食べていった。

 男女を問わず不思議と人が集まる店だ。約25年間、店に通っているという常連の女性(67)も「人と人との距離が近くて、なんとなく落ち着く。ついつい足が向いてしまう家族的な空間ね」と魅力を語る。1人で切り盛りする陽子さんを手伝おうと、常連客が食材の買い出しに出掛けることもある。

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 七十数年の間に、元炭鉱マンは少なくなり、立ちんぼの女性は姿を消した。それでも、看板メニューは若松の人々に愛され続けてきた。陽子さんは「かつての常連さんの子どもさんが、帰省時に食べに来てくれることもある」と笑みを見せる。

 店の後継ぎは今のところいない。それでも、「体が動く間は、常連さんを大事にしながら店を守っていきたい」と陽子さん。若松のソウルフードを守っていく気概は衰えていない。

▼山田食堂 お好み焼きを中心に、メニューは二十数種類。カウンターとテーブルを合わせて約15席。正午から夜11時ごろまでの営業。定休日は月曜日と第2、第4火曜日。若松区中川町1-18。093(761)4952。

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