ふるさと喪失、そして100年先の希望 豊田直巳さんが写真絵本新作

西日本新聞 吉田 昭一郎

 もう戻れない自宅に「ありがとう」-。フォトジャーナリストの豊田直巳さん(63)が、福島第1原発事故で帰還困難区域の立ち入り規制が続く福島県浪江町津島地区の人たちを記録した写真絵本「百年後を生きる子どもたちへ-『帰れないふるさと』の記憶」を刊行した。

 写真絵本シリーズ「それでも『ふるさと』」の第4巻で、第1~3巻は同県飯舘村の村民を撮影した。第4巻は放射能汚染がより深刻な津島地区に焦点を当て、写真37枚と平易な文章で人々の表情や森に還りゆく田んぼ、除染後の墓地など、事故後の地区の風景を収めた。

 豊田さんは東日本大震災翌日の2011年3月12日から、チェルノブイリ取材などで使った放射線線量計を携えて福島入りし、取材を重ねている。

 第4巻の撮影は同年4月17日、飯舘村から南相馬市へ向かう途中、ネコの世話で自宅に戻っていた関場健治さん、和代さん夫妻と出会い、付近の汚染状況を計測し伝えたのがきっかけだった。豊田さんは「高線量の汚染状況が関場さんご夫妻にきちんと伝わっておらず、驚いて避難を勧めた。その後も、避難先を訪ねたり、一時帰宅や墓参に同行したりして撮影させていただいた」と振り返る。

 一時帰宅するたびに、生い茂る草に深く覆われていく自宅に手を合わせる和代さんの写真は、万感の思いを感じさせ、心を打つ。その写真に、豊田さんは〈和代さんは、こころのなかでつぶやきます。『もう帰ってこないかもしれないね』 ごめんなさい。そして、ありがとう。〉という一文を添えた。

 津島地区内の赤宇木(あこうぎ)地区の区長、今野義人さん、副区長の今野邦彦さんらも撮影。2人は毎月、赤宇木の各戸の放射線量を独自に調査し、散り散りになった住民に知らせていた。後世に赤宇木のことを伝えようと住民ぐるみで写真を持ち寄り記録集を作っていた。

 「赤宇木の人たちが100年後、200年後の見たこともない子孫たちに向けて、記録集をつくると言う。聞いていて、涙が出そうになった。皆さん、(存命中、高線量のため)戻れないと覚悟をしている。100年後は集落は森に戻っているだろう。その時、赤宇木はこんな村だったんだ、と伝えたいんだ、とおっしゃる。ぜひ記録に残したいと思った」。豊田さんはそう語る。

 農文協から発行。小学生でも読めるよう漢字にはルビを振った。2千円(税別)。全4巻8千円(同)。(吉田昭一郎)

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