コンテナでがっつり飯 安全入船食堂 【食堂物語】

西日本新聞 北九州版 岩佐 遼介

 昨年12月中旬の午前6時前、まだ暗い倉庫街の一角にあるコンテナ(高さ約3メートル、幅約5メートル、奥行き約15メートル)に、作業着姿の男性がぞろぞろと集まってきた。お目当ては揚げ物、ごはん、みそ汁、漬物に加え、小鉢が2、3個付いてくる「朝定食」。男たちは黙々とごはんにがっつき、足早に去っていった。

 北九州屈指の観光地・門司港レトロ地区(北九州市門司区)の外れにある「安全入船(いりふね)食堂」。ボリューム満点の朝定食はたったの税込み330円だ。毎朝、コンテナを改造した店内には、仕事前のトラック運転手や港湾労働者がひっきりなしに出入りする。

 「おはよう」と声を掛ける人もいれば、無言で席に着く人もいる。店主の常岡博さん(72)と妻の秋美さん(73)は、注文を聞かずとも、せっせと朝定食のお盆を運ぶ。博さんが父親から店を継いでから50年以上、毎朝変わらない光景だ。

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 店は山口県下関市にあった企業の社員寮で厨房(ちゅうぼう)に立っていた博さんの父親が、貨物の荷下ろしに従事する港湾労働者向けに開店した。創業年は正確にわからない。ただ、少なくとも60年以上になるとみられる。

 博さんは中学校を卒業してから店を手伝い始めた。当時、店は現在の商業施設・海峡プラザ(門司区)の位置にあった。船だまりには、沖に停泊する大型船と陸を結ぶ小さな船「艀(はしけ)」がひしめき、店周辺には魚市場や青果市場が並んでいた。炭鉱の衰退に伴い、仕事を求める筑豊からの労働者が、早朝の電車の到着とともに店に殺到した。

 博さんは「景気のいい時代やったんよ」と振り返る。店周辺には、労働者を相手に早朝から営業する食堂が軒を連ねていたという。

 1971年に田野浦(門司区)、80年に太刀浦(同)でコンテナターミナルが開業。門司港での労働者の客足は大幅に減った。80年代後半には、門司港レトロ地区の整備事業に伴って多くの店が立ち退きを求められ、博さんたちは現在の場所に移転。店舗はひらめきでコンテナを改造した。今では地元で早朝から営業をする唯一の食堂となった。

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 最近は「門司のコンテナ食堂」として知られるようになり、インターネットを見て来店する「いちげんさん」や、観光バスの運転手や添乗員が増えた。

 「土地の賃借料と食材費も上がってるけね」と博さん。10月には消費増税に伴い、開店以来初めての値上げに踏み切り、朝定食を30円上げた。

 ただ、時代は変われど、定食の味は変わらない。それを提供し続ける博さんと秋美さんの朝は早い。午前3時半、店に明かりがともり、2人は仕込み作業に取りかかる。「自分らもお客さんも健康で頑張ることができたらそれでええ」。博さんは笑顔でそう語った。

▼安全入船食堂 営業時間は月-土曜日の午前6時~午後1時、日曜祝日は午前6時~午前10時まで。第1、3日曜定休。昼定食は税込み380円など。門司区東港町5。

おわり

 

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