台所と農業を結ぶ「循環」の知恵 福岡県大木町、 生ごみ抑制の歩み

西日本新聞 くらし面

持続可能な地域を模索

 バイオガスプラント「おおき循環センター・くるるん」を核に、台所で出る生ごみなど可燃ごみの発生量を、全国平均の40%にまで減らすことができた福岡県大木町。廃棄物の発生抑制や有効活用がうたわれた、循環型社会形成推進基本法などが制定された2000年から20年たってもなお、理念を形にできない自治体が多い中、なぜこの町は一歩を踏み出せたのか。

 「背景には、野菜くずや残飯を家畜に食べさせたり、土に返したりしていた昔のように、地域で無駄なく資源が循環する社会に戻すべきだという、1991年から3期町長を務めた故石川隆文さんたち先人の強い思いがあった」。くるるん構想に深く関わった「循環のまちづくり研究所」(福岡県みやま市)の中村修代表(62)=元長崎大准教授=は解説する。

 焼却場を持たない大木町。可燃ごみの処理は隣接する大川市に委託していたが、90年代、ごみの増加に伴う処理料の負担が財政を圧迫していた。

 当時、国はダイオキシン類の発生が少ない焼却施設にするため、複数の市町村が協力して大型化する一括処理を推進。だが「燃やせば済む」という焼却中心主義では、住民の環境意識は高まらないし、肝心のごみの発生自体が減らない。

 町は地域の婦人会などを通じ、生ごみの堆肥化を推奨。環境意識向上には寄与したが、良質な堆肥ができても、すべての家庭に畑があるわけではない。広がりは限定的だった。

 さらに96年に批准した海洋汚染を防止する国際条約で、2007年までに陸上で発生した廃棄物の海洋廃棄が禁止される。ごみ問題と同時に町は、し尿や浄化槽汚泥処理の対策も迫られることになった。

 待ったなしの状況の中、農協理事をしていた水落重喜さん(72)の目に留まったのが山形県長井市の「レインボープラン」。人口3万人の同市では「農家と消費者が循環的な関係性を取り戻すため、台所と農業をつなぐ」を旗印に、生ごみを分別回収し、地域で発生する牛ふんやもみ殻と混ぜて堆肥化していた。

 環境白書によると、昭和40年~50年代、国内にも生ごみを堆肥化して活用する取り組みは各地にあった。だが、できあがった堆肥にはプラスチックごみなどが混ざっていて農家が引き取らなかったり、臭気を理由に地域住民から「迷惑施設」扱いされたりして、中止されたところが多かった。

 長井市の場合、市民有志がまちづくりの一環で市に提案したプランが原点。市民の参加意識も高く、生ごみ分別で課題とされる異物混入も少なかった。

利用者目線の液肥活用

 一方、福岡県には、比較的簡単なシステムで、し尿を液肥化し、農地に還元していた福岡県椎田町(現築上町)の事例があった。

 長所は多いと分かっていても、重くかさばる堆肥には、田畑に散布する作業がとても重労働という欠点がある。農家の高齢化が進む一方、化学肥料が安く手に入る現代では敬遠されがち。せっかく作った堆肥も現場の農家が使わなければ、ごみでごみを作ることになりかねない。

 「液肥なら、田んぼに水を入れる時に一緒に流し込むなど使い勝手がよいから、農家が受け入れやすい」。利用者の目線に立った中村さんの助言を基に町は2000年、環境課を新設。二つの先行事例を参考に、し尿や浄化槽汚泥と生ごみを混ぜて液肥に変える、現在の形を構想したエネルギービジョンを策定した。

 同時に、熊本大の徳野貞雄名誉教授(70)=トクノスクール・農村研究所理事長=らの協力でつくられたのが「みどりゆたかで、おしゃれな農村づくり基本計画」。有機的で、都市との交流を重視した持続可能な形の農業を今後の方向とする計画は、町の循環政策と歩みを一つにする。

 「町民の大半が農家だった昔は、水田で地域社会がまとまったが、地域に非農家が増えた今は、水と生活環境を軸にすべきだと考えた」と、基本計画に携わった水落さんは語る。

 そして翌01年、大学や企業の協力を得て、プラント建設や、モデル地区での生ごみ分別回収など、ハードとソフトの両面からの実験が始まった。続きは次回。

 (佐藤弘)

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