1日370人、メニュー100種類…北九州の「街の食堂」に24時間密着してみた

西日本新聞 北九州版 岩佐 遼介 米村 勇飛 西山 忠宏

 生きることは食べること-。日本有数の工業地帯だった福岡県・北九州地区で、働く人々を支えたのは街の食堂だった。工場や港湾の労働者は安価でボリュームのある食堂の飯にがっつき、働く活力を得た。「鉄冷え」を経て、街の姿は大きく変わった。公害を克服した環境都市、物流拠点、港町、学生街、観光地と、多様な顔を持つ。作業着姿は減ったものの、食堂で人々が食べる姿は変わらない。グルメではない。名物でもない。日々、胃袋を満たし続ける場所だ。節目の2020年。なぜかそんな変わらぬ街の食堂に出掛けてみたくなった。(西山忠宏、岩佐遼介、米村勇飛)

 JR黒崎駅(北九州市八幡西区)から歩いて3分ほどの場所にある5階建ての雑居ビル。通りに向かって「ごはん」の大文字が躍る看板をドーンと掲げる店がある。「エビス屋昼夜食堂」。その名の通り24時間営業だ。メニューは100種類以上。20人ほどのカウンター席だけで、隣の客との距離は肩が触れ合うほどに近い。開業から60年以上、黒崎のシンボルともいわれる食堂には日夜、老若男女が訪れる。

密着スタート! ~夕方から夜~

 午後6時ごろ 夕食時のこの時間帯はいつもほぼ満席だ。連れ立って来店する人たちもいるが1人客も多い。豚汁とごはんをひたすら交互に口に運ぶ60代の男性。スマートフォンを見ながら黙々と食事する若い女性。コップ酒をあおっていたのも1人客の白髪の男性。経営者の岩男光司さん(52)は「1人でも入りやすいように、カウンター席だけにしている」と話す。

 近くで鍼灸(しんきゅう)院・整骨院を営む能勢勲さん(72)が夕食用に弁当「大」を買い求めた。2年前に妻を亡くし、1人暮らし。エビス屋には週1、2回来る。「店で食べることもあるよ。好きなのはアジの南蛮漬け。酢も取れるので健康にいい。独り身にとってはありがたい」と話す。「貝汁」に入る貝を数えることが楽しみで「過去最高は28個。連れてきた友人もその多さに驚いていたよ」と笑う。ただ「女房の料理の方がおいしかったなあ」とも。

 午後10時ごろ 仕事帰りに来店したのは八幡西区の会社社長武智充さん(48)だ。通い始めて30年近く。この日は「ごはん小、マカロニサラダ、ゴマサバ、みそ汁ください」と注文。中年の女性従業員が給仕しながら「おみそ汁はちょっとお待ちくださいね」とほほ笑んだ。そんな何げない一言に心が安らぐという。

 武智さんは付け合わせの高菜漬けをごはんの上にのせて、おかずと交互に頬張る。みそ汁もすする。「うまい」

 近くの客同士の会話が耳に入ってきた。「あいつに金貸したら返ってこんっちゃね~」「ここはワインないの~」。目玉焼きをごはんの上にのせて唐揚げとともに頬張る若者の姿が目に入る。連れ立って入店したのになぜか言葉を交わさない中年男女がいる。

 「この店は1人暮らしの人たちにとって、ほっとする場所だと思う」「テレビの前で1人食事するより、人々の実際の声を聞きながら食べた方が楽しいでしょう」「いろいろなお客さんがいるんだなあと感じることもできるし」-。武智さんに店の魅力を尋ねると次々と言葉を返してくれた。

 自身も約6年前に離婚し、1人暮らし。従業員の女性については「僕のためにわざわざ作ってくれているという雰囲気があって嫁さんっぽいね」と笑った。

まだまだ満席 ~深夜~

 午前1時20分ごろ 深夜でも週末はほぼ満席だ。仕事を終えたスナック女性従業員や、飲み会帰りの会社員…。店の外で席が空くのを震えながら待つ男性陣や、入店を諦めて立ち去る男女の姿も見られる。

 来店客が利用する近くのコインパーキング、食事を終えた客を狙って待機するタクシーと、店を中心にちょっとした「経済圏」も形成されている。

 地元客だけでなく、観光客の姿もある。広島市から友人と北九州を訪れた会社員森川太史さん(36)は、タクシー運転手に「ローカルめしを食べさせてくれる店」として紹介され、来店した。貝汁やめんたいこなどをつまみにビールを楽しんだ。「まさに地元の食堂。おいしかった」。満足げな表情を浮かべて店を出た後、店の外観をスマホで写真撮影した。

夜勤明けですか? ~朝~

 午前5時20分ごろ 朝が来た。それでもまだ店内では男性2人が並んでビールを飲んでいる。店前の駐車場に車を止めて男性(49)が入ってきた。「午前4時にアルバイトを終えた帰り。家で食べると家族を起こしちゃうから」。ギョーザと焼き飯、みそ汁を食べる。「家で少し休んで、また午前9時から仕事」と話し、店を後にした。

 午前6時すぎ 女性(67)が自転車でやって来た。マンションを清掃する仕事に行く前に立ち寄ったといい、ごはん「小」と野菜炒めを頼んで食べた。「午前7時半から午後4時まで働く。年金が少ないからね。働かないと」

 午前7時15分ごろ かっぷくのいい背広姿の男性(60)が入店。新聞を広げて読みながら、おでんの厚揚げと丸天、天ぷらうどんを平らげる。黒崎にある大企業のグループ会社の社長で関東から単身赴任しているという。「自炊はしないので毎朝、この店で食べている。8時から会議なのでこれで失礼」と立ち去った。

 「朝は夜勤を終えてお酒を飲む人もいれば、仕事前に立ち寄ってくれる人もいます」と女性従業員。

店も客もフル回転 ~昼~

 正午すぎ 店が最も忙しい時間帯の一つを迎えた。サラリーマンや作業着姿の男性が店をひっきりなしに訪れ、お目当ての料理を次々と注文していく。対応する従業員は5人。素早い身のこなしで注文をさばく。

 会社員風の男性が同僚分も含めてか約3500円分の弁当を持ち帰った。満席で入店を諦める男性会社員や女性の4人連れも。午後2時近くになると来店のピークが過ぎ、空席が出てきた。

 午後4時半 昼食時の慌ただしさとは打って変わり、店内にはゆったりとした時間が流れる。高齢男性が日本酒をちびちびやっている。女性従業員たちが、ダイエットの話で盛り上がりながら、おでんの牛すじを串に刺す仕込み作業をこなした。

 食堂の従業員の中心は中年の女性たちだ。20年以上の常連だという小倉南区の会社員尾田洋子さん(48)は、昔よく恋愛相談した女性従業員について「真っ赤な口紅で、ただ者ではない雰囲気をたたえていた」と振り返った。

 20代のころ、黒崎に遊びに来ると、必ず食堂で腹ごしらえしてから飲み歩いた。ダンスホールで踊り、一日の締めに食堂に舞い戻ることもあった。その従業員に少し気になっている男性のことを相談すると、毎回決まって「そんな男はダメよ」と一刀両断された。トラブルになっている隣同士のスナックの店員でさえ、店内では黙って食事をしていた。「店外では口論に発展するのに。不思議な店ですよ」と語る。

いよいよゴールへ ~再び夕方から夜~

 午後6時すぎ 活気づく店内で、若松区の公務員の男性(55)は焼酎をぐいっと飲み干した。初めて知り合ったという隣の高齢男性客と盛り上がり、「お互いに血糖値を下げましょうね」と握手を交わしている。

 公務員の男性は近くの予備校に通っていた19歳の時からの常連客。お気に入りはアジの南蛮漬け。高齢で台所に立つことができなくなった母親(83)が昔、よく作ってくれた。「おふくろの味を思い出す。大好きなんよ」と頬を緩ませた。

 午後6時半すぎ 岡垣町の会社員60代男性が1人で塩サバなどをつまみに芋焼酎を飲んでいる。職場の30~40代の社員3人を誘ったが「仕事が忙しいので」と断られた。製鉄会社勤務で、かつて夜勤明けによく上司と飲みに来ては、アドバイスという名の説教を受けた。「昭和とは時代が違う。説教もしないし、食べ物のリクエストも聞いているんだけどね」と、少し寂しそうだ。

 午後7時20分ごろ 中間市のパート従業員女性(62)は、いつものようにパチンコの合間に立ち寄った。30歳前後の頃、製鉄会社で働いていた夫の夜勤明けに、この店で焼きうどんを一緒につついた。かつて周囲は、歩けないくらい人でごった返していたというほど活気があったという。

 それから30年以上。以前のようなにぎわいは消え、夫は2018年3月にがんで亡くなった。今は1人で刺し身やおでんなどをつまみ、ビールを飲む。そして、懐かしい思い出に浸るのだという。夫とデートを楽しんだ頃と変わらぬこの食堂で。

▼エビス屋昼夜食堂 現経営者の岩男光司さん(52)の祖父巴(ともえ)さん(故人)が戦後、飯塚で食堂を開いていたが、「黒崎が栄えている」との評判を聞き、1955年に今の黒崎3丁目に移転。「野菜・鮮魚の販売も兼ねた食堂」を開いた。24時間営業を開始したのは2年後の57年。1日3交代制で働く工場労働者が増えてきたためという。

 2代目は光司さんの父菊二郎さん(81)で、北九州市食品衛生協会長も務めた。光司さんは大学卒業後、1級建築士の資格を生かして東京でサラリーマンとして働いていたが、2001年に3代目になった。 コの字形のカウンターに19席で、補助席もある。1日の客数は平均370人で、多いときは約500人。従業員は25人。20~70代で主力は中年の女性たち。24時間営業だが、毎週月曜日の午前8時ごろから、翌日火曜日の午前9時までは休み。年始は7日午前9時から営業。

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