「大衆食堂の詩人」遠藤哲夫さんと食べ歩き 【食堂物語】

西日本新聞 北九州版 岩佐 遼介

しっかりした味 脈々と

 大衆食堂についての著作があるフリーライターの遠藤哲夫さん(76)。「大衆食堂の詩人」の異名を持ち、北九州市の食堂を40カ所以上食べ歩いた経験がある。北九州の食堂にはどんな特徴があるのか。そしてその特徴を育んだ要因は何か。遠藤さんの食べ歩きに同行し、探ってみた。

 最初に遠藤さんが訪れたのは「北九州の典型的な食堂が分かるから」との理由で、JR戸畑駅の近くにある「まんなおし食堂」(戸畑区銀座1丁目)だった。 遠藤さんは、おかず2品を自由に選べる「おかず定食」(税込み680円)を選んだ。塩サバ、ポテトサラダ、冷ややっこ、お漬物、ごはん、みそ汁。「10年以上前に訪れた時と雰囲気も味も変わらないのがいいね」。遠藤さんは満面の笑みでごはんを頬張った。

 遠藤さんは「北九州の食事は安価で、全体的に味がしっかりしている」と語る。その背景は、工業地帯の入り口に位置する食堂の場所から読み解けるという。

 まんなおし食堂は戦後間もない1947年に開店。当時は3交代制の労働者向けに、午前5時から午後11時まで休みなく営業した。おかずを選んで食べる一膳飯の形式で、作業着の男性で店はあふれていたという。遠藤さんは「日銭で食べる肉体労働者が多く、汗をたくさんかく分、濃い味が好まれる環境だった」と解説する。

 現在、工業地帯は縮小し、街の姿は一変した。かつては売春地域の「赤線」で、飲食店が多かった工業地帯の入り口近くは、住宅街として整備された。工場労働者の常連が減り、客層は会社員やインターネットの情報を見て来店する「いちげんさん」が中心となった。遠藤さんは「それでも脈々としっかりとした味付けが残っているのが北九州の風土だよね」と説明する。

 続いて訪れたのは1945年創業の「赤ちゃん食堂」(小倉北区)。戦後間もなく、小倉名物の焼きうどんが発祥した都心部の鳥町食道街にある老舗だ。安価でボリュームのある食事が根強い支持を集める。

 遠藤さんはちゃんぽん(税込み500円)を注文。「北九州の食堂には必ずと言っていいほどメニューにある」と不思議がる品だ。意気込んで野菜たっぷりのちゃんぽんの麺を勢いよくすすり、「ほっとする味だよね」と頬を緩めた。

 カツライスやカレーライスなど洋食の印象が強い同店に、なぜちゃんぽんがあるのか。80代の2代目女性店主は少し考えた末に「食堂になる前はうどん店だったことが関係あるのかな」という。店の前身は長崎県で修業をした祖父が開店したうどん店。遠藤さんは「北九州の多くの食堂にちゃんぽんがあることの説明にはならない」と首をひねる。

 ちゃんぽん以外にも、北九州地区の食堂ではにぎりめしやおでんが食べられる頻度が明らかに他の都市よりも多いという。遠藤さんは「北九州の食堂文化には謎がまだまだある。さらに研究を重ねないと」という。

 遠藤さんによると、全国的には、後継者不足や都心部の再開発による老舗食堂の閉店が相次ぐ一方、若い経営者がこれまでになかった新しいスタイルの食堂を開店するケースも少なくない。北九州でも戸畑区の「えだや食堂」や八幡西区の「橋本食堂」などの老舗が姿を消した。

 「北九州にも新しい食堂が生まれている」との情報を聞き付けた遠藤さんは、小倉北区の市街地にある「水玉食堂」へ向かった。

 店内には、カラフルなランプシェードなどの雑貨が並ぶ一方、昭和時代の台所雑貨も並び、新しさとレトロさが共存している。店は、看護師だったオーナーの石川夕佳さん(40)が2011年、公務員だった友人の大庭さや加さん(41)を誘って開店。看護師時代に、薬の副作用でけいれんする患者を目の当たりにした経験から、自然由来の食材のみを使った料理を提供する。

 メニューは、旦過市場(小倉北区)に並ぶ旬の食材を使った「日替わり定食」(税込み800円など)と、薬膳をふんだんに盛り込んだ「すこやかごはん」(同1250円)の2種類。この日の日替わりは鶏つくねバーグで、すこやかごはんにはポークソテー、キクラゲと金針菜(きんしんさい)のきんぴらなどが添えられた。

 「季節感たっぷりでうまい」とカボチャや松の実、クルミの入った小鉢を頬張った遠藤さん。「若い人が立ち上げる食堂は、ガツンと食べるよりも、健康的な店が多い。これも時代の流れなんだろうな」と指摘する。

 一通り食事を終えて最後にジョッキのビールをグビリ。「俺にとっての薬膳はやっぱりこれだ」と語った。(岩佐遼介)

遠藤哲夫さん さいたま市在住のフリーライター。生活に根ざした地域の食堂を食べ歩き、これまでに「大衆食堂パラダイス!」や「ぶっかけめしの悦楽」などを執筆した。食堂の紹介にとどまらず、地域性や文化論にまで踏み込んで考察することで知られる。みそ汁をごはんにかけて食べる「ねこまんま」を、日本の食文化を語る上で欠かせないと主張し、カレーライスを汁かけ飯の一種として位置づける。新潟県南魚沼市出身。

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