光秀の娘は夫婦別姓

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 国民民主党の玉木雄一郎代表が国会で選択的夫婦別姓の導入を訴えた際、自民党とみられる女性議員が「だったら結婚しなくていい」とやじを飛ばした。

 玉木氏が「非常にショックだった。古い自民党には任せておけないと改めて思った」と語ると、立憲民主党の枝野幸男代表も「選択的夫婦別姓を待っている皆さんの心情を逆なでし、傷つけるとんでもない発言」と援護射撃した。

 批判された当人は、与党とはいえ一議員のやじに、野党が結束の好機とばかりに猛反発してくるとは考えもしなかったろう。「あなたのやじですか」と記者から問われても、無言で国会の廊下を歩み去った。

 選択的夫婦別姓の導入は女性の社会進出が加速する中で重みを増すテーマだ。今の民法では、結婚する場合に男女のいずれかが姓を改めて同じにしなければならない。以前は女性が改める例が圧倒的に多かったが、仕事などで不便や不利益を強いられるのを背景に、夫婦が別々の姓を選べる制度を求める声が強まった。内閣府の世論調査でも高い関心が示されている。

 過去には、日本以外にもドイツ、オーストリア、タイなどが法律で夫婦同姓を規定していたが、今は日本だけになり、国連の女子差別撤廃委員会から「差別的な規定」として再三改善を勧告されてもいる。

 ただ「同姓がもたらす家族の一体感は日本の伝統であり文化」「選択的夫婦別姓は家族の絆を壊す」という反論もあり、これに共感する声は少なくない。

 NHKで大河ドラマなどの時代考証を担当してきた大森洋平氏が書いた「考証要集」(文春文庫)に、この夫婦別姓問題につながる話があり興味深く読んだ。

 大森氏はある時、戦国時代のドラマで、細川忠興の妻たまが「私は細川ガラシャでございます」と自己紹介するせりふを見つけ、びっくりして訂正したという。日本の武家は「明治になるまでは一種の夫婦別姓で、婚家の姓を妻が名乗ることはなかった」からだ。

 例えば、織田信長の妹で「戦国一の美女」とうたわれたお市の方は、浅井長政と結婚しても「浅井市」とは言わず「浅井長政正室織田氏」と記されたという。

 明智光秀の娘で細川家に嫁いだたまの場合も、洗礼名ガラシャは相手が同じ信者でなければ使わないし、嫁ぎ先の姓も名乗らない。先のせりふは、いわば二重のミスで「たまにございます」に変えたという。

 夫婦ならば同姓という考え方が普及したのは、明治政府が、国民すべてに名字を持つよう義務付けてからのこと。歴史を知ることは常識というものがいかに変わるかを知ることになると改めてかみしめた。

 (特別編集委員・上別府保慶)

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