「町中華」に行く冒険

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 「町中華」というジャンルをご存じだろうか。簡単に言えば「どこにでもあるような昔ながらの中華料理店」である。個人経営で、ラーメンだけでなく定食やセットメニューをそろえているのが特徴だ。読者の皆さんも「ああ、駅前のあの店のことか」などと容易にイメージが浮かぶはずだ。

 その町中華がここ数年、脚光を浴びている。立役者がフリーライターの北尾トロさんだ。町中華探検隊を結成してネットにリポートを掲載したり、魅力を考察した本を出したりするうちに、町中華を語る第一人者との位置付けとなった。

 町中華には昭和のにおいが濃く残っているらしい。私の好奇心と食欲が同時に刺激された。北尾さんと東京・神保町の喫茶店で落ち合い、近くの町中華ののれんをくぐった。

   ◇    ◇

 北尾さんに町中華を探検する楽しさを聞いた。

 「例えば中華のはずなのにカツ丼やオムライスがある。チェーン店とは違う『マニュアルのない世界』の自由さがいい」

 「毎日のように行っている客がちゃんと店名を覚えておらず『角(かど)の店』とか呼んでたりする。存在が身近過ぎて、ネットのグルメサイトにもほとんど情報がない。そこを自分で探っていくのが面白い」

 ざっと歴史をたどれば、町中華は戦後出てきて一気に全国に広がった。興隆期の客層は高度成長時代の働く人たち。明日を信じて頑張る日本人の胃袋をその味と量で満たしてきた。

 「まさに高度成長期のアイコン(象徴)です」

 ありふれた存在のようでそれぞれの店に歴史と個性があるのも魅力だ。味、メニュー、立地や店名など研究のテーマは尽きない。

   ◇    ◇

 2人で入った町中華。店のおばちゃんが他の客との相席を指示する。有無を言わせぬ見事な仕切りに感心する北尾さん。席からは厨房(ちゅうぼう)で中華鍋を振るうおじちゃんの手元が見えず、北尾さんは残念そうである。

 神保町のある店で、店主が調味料をすくって鍋に投げ入れる早業は一見の価値があるという。

 私は近所の町中華に「こんなまずそうな店が本当はおいしいんだよ」などとしたり顔で入って、本当にまずかった経験が数回ある。それを北尾さんにこぼすと、こう諭された。

 「そんなときは、なぜこの店はまずいのにつぶれず続いているんだろう、と考えるのがまた面白い。居心地とかおっちゃんの手さばきとか、そういうところも含めて評価すべきです。おいしい、おいしくないという基準しかないのはつまんないじゃないですか」

 いいこと言うなあ。

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 幸いというか、この店の半チャンセット(ラーメンと半チャーハン)はそこそこうまく、「なぜ続く」を考える必要はなかった。

 北尾さんによれば、町中華は今どんどん数を減らしている。店主の高齢化と後継者不足が理由だが、ファストフードやチェーン店に押されているのも一因だ。

 チェーン店に行けば失敗はない。費用対効果を最優先する若い人にとって、初めての町中華に入るのはリスクを伴う冒険だろう。しかし、ほんのちょっとの冒険心で人生は豊かになったりもする。少々大げさで気恥ずかしい結論でした。

 (特別論説委員・永田健)

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