なぜ?メコン川に異変 色が変化、水位低下…上流の中国ダム影響か

西日本新聞 国際面 川合 秀紀

 全長5千キロ近い世界有数の大河、メコン川が「過去50年で最低」という水位低下に見舞われている。昨年雨期の降雨が少なかったためだ。中国から東南アジア各国を流れる潤沢な水量によって流域の暮らしや文化を育んできた名物河川に、どんな「危機」が迫っているのか。1月下旬、最も水位低下が進むタイ東北部を訪れた。

 メコン川をはさんで対岸にラオスが見える田舎町ナコンパノム。川幅は1キロ余り。その中央付近に、若者約10人が集まっているのが見えた。川の水が引いたため広大な「中州」が生まれていた。

 本来は水があるはずの川床を歩いて向かう。所々に水が残るが、地面は波打った形のまま干からび、乾いた泥が付いたペットボトルが転がっている。約5分後、到着すると、彼らは捕まえた小魚を網で焼き、酒を酌み交わしていた。ラオス、タイ双方から三々五々集まって始まった臨時の“国際交流”。20代のタイ人女性は「川の水が減ったから、最近こんなパーティーができるようになった」と笑う。

 ナコンパノムに約30年住む元新聞記者の地元環境保護団体リーダー、アティットさん(63)も、昨年後半から多くの異変を目撃する。「見たことがない岩場が川の至る場所で見られるようになった」。毎年4月ごろだけ見える観光名所の岩場「仏の足跡」も昨年後半から水面上に姿を現し、この日も見ることができた。

 メコン川流域のタイ、ラオス、カンボジア、ベトナム各国でつくる国際機関「メコン川委員会」の調査によると、ナコンパノムの水位は昨年11月から直近まで、1~1・5メートル程度。過去平均の4分の1から半分前後で、計13の調査地点の中で最低水準だ。他の地点も水位に差はあるものの平均を大きく下回る。

 同委員会関係者や専門家はメディアなどを通じて「過去50年で最悪」「今世紀で最も低い水位」などと警告する。ただ水位がまだ7~8メートルある調査地点もあり、どこまでの「危機」なのかは判然としない。

 ナコンパノムでも、水位低下がはっきり分かる場所と、明確に判別できない場所が混在し「騒ぎすぎだ」と話す住民もいたが、多くの住民が異変に気づいたのは水位だけではない。

   ◇   ◇

 昨年11月12日、メコン川を巡る公営船で働く女性シリポーンさん(30)は準備中、下流の水の色を見て驚いた。普段は茶褐色であることが多い川が、澄んだ青緑色になっていた。

 「こんな色は初めて見た。1週間くらい続いたかな。フェイスブックに写真を投稿したら話題になって名所になっちゃった」

 鮮やかな変色はタイ北部の流域でも見られたため地元メディアが報じ、専門家は「水量低下で栄養分も減少していることの表れ」と指摘した。記者が訪れた1月下旬、曇りのせいか青緑色には見えなかったが、透明で流れも静か。作家椎名誠さんが著書「メコン・黄金水道をゆく」で表現した「褐色の暴れ川」という印象からは、遠かった。

 川の変化は暮らしにどんな影響を及ぼすのか。ナコンパノムでは川から直接水を引き込める周辺農家に目立った変化はないようだが、中心部の生鮮市場でその一端がうかがえた。

 大小の魚が並ぶ魚売り場。市場で最も古い40年以上切り盛りするヤーデンさん(62)の店の名物は、メコン川で取れた天然ナマズ。新鮮で癖のない味わいが自慢だ。だが、表情はさえない。「昨年末からナマズなどの大きめの魚がさっぱり取れなくなった。いま店頭にあるのは他の地域で取れたものや養殖ものばかり」。漁獲減少のため価格も昨年から2~3割高くなった。

 ヤーデンさんは、ナコンパノムで会った他の住民と同じく、その原因をこう断言した。

 「中国が上流にダムを次々に作ったからだよ」

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 米調査機関スティムソン・センターによると、メコン川本流の上流がある中国内には現在11のダムが完成。他にも複数の建設計画があるほか、ラオス上流部でも中国企業が複数のダムを計画しているとされる。

 「地域住民の生活を犠牲にする中国のメコン川ダム」(豪州ABCニュース)。メコン川の記録的な水位低下が顕著になった昨年半ば以降、東南アジアや欧米などのメディアが、メコン川の異変と近年相次ぐ中国を中心とする上流ダム建設を関連付ける記事を相次ぎ報じている。

 在タイ中国大使館は昨年7月、こうした報道を「読者を誤解させる根拠なき非難」と、ダムと干ばつとの影響を否定する声明を発表したが、同8月にバンコクであった流域各国と米国による国際会議の席上、ポンペオ米国務長官が「水位低下は中国による(ダムの)水の遮断と関連しており、川を統治する新しいルールを作っている」と厳しく批判。メコン川問題が米中対立の舞台になった。

 その後も水位低下は続き、タイなどで干ばつ懸念が高まる中、春節(旧正月)を翌日に控えた1月24日、在タイ中国大使館が再び声明を出した。

 中国流域でも降水量が例年より34%少なく、雲南省では貯水池が干上がっている状況を示した上で「国内の深刻な干ばつにもかかわらず、中国はタイなどの要請を受け、特別措置としてダムの放水量を増やすことにした」と発表。放水増加によって下流域の水量を改善させる異例の対応だが、流域国の懸念の高まりを受け、ダムと干ばつの影響を否定してきた従来の姿勢を結果的に修正した形だ。

 ナコンパノムのアティットさんは、それでも「下流の国の人たちの生活が中国に支配されている」と感じる。ゆっくりとしたメコン川の流れを見つめながら、声を落とした。「雨期が始まる5月まで雨は見込めないだろう。本当の危機はこれからだ」

(タイ・ナコンパノム県で、川合秀紀)

メコン川】源流はチベット高原とされ、中国・雲南省からミャンマーとラオス国境、タイとラオス国境、カンボジア、ベトナムを流れ、南シナ海に至る。日本外務省によると全長約4800キロ。源流からラオスまでの約2000キロは標高約5000メートルから数百メートルまで下る形で流れ、標高差が大きい。
 タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム4カ国の政府は資源管理を目的に「メコン川委員会」を設置。4カ国内の本流にダムを建設する場合、委員会への事前通知と専門家の調査が必要だが、委員会は計画を承認または停止する権限を持たない。委員会メンバーではない中国との間では、水量などの情報を交換する協定を結んでいる。

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